前回の記事では、執事さんがご主人の催す晩餐会(+ベッド)でのお相手を務めるというコメディのお話をさせて頂きました。
 この劇は執事という職業をあまりご存知でない人でも笑えると思えますし、厳密に言えばコメディの内容としては必ずしも執事である必要もなく、躾の良いヴァレット、つまり男性版のメイドでも良かったですかも。
 但しやっぱり会社でしたら管理職や役員に当たる「執事」という、最高ランクの使用人であるからこそ、酒瓶でグラスめがけてシューティングゲームを始めたり、女主人と性関係があったりという、現実では「あり得ない」シチュエーションこそが作り上げるユーモアはあるのかもしれませんが。

 以前、日本での欧州執事のイメージは「ハイジ」のセバスチャンなので、他の漫画やアニメでも、執事にセバスチャンという名前がつくことが多いと聞いたことがあります。
 ですが、これは矛盾と言いますか、実際にセバスチャンが執事であったとすれば、決してその名前は有名になることはなかったはずなんですね。
 どうしてかと言いますと、「ハイジ」が書かれた頃の時代は、執事という職業は全ての使用人さんの上司ですから、ご主人とその家族以外、誰一人名前で呼ぶ権利がなかったからです。メイドのティネットや御者のヨハンは勿論のこと、家政婦のロッテンマイヤーさんもセバスチャンが執事であったら必ず苗字で呼ばなければならない、という決まりが当時はありましたから。
 
 この「使用人同士の呼び方」ですが、実際に大変複雑で、新米使用人さんたちは覚えるまで苦労したと言います。ざっとご参考まで、敢えてゼーゼマン家だとしますと、

 上級使用人:ロッテンマイヤーさん
 呼び方:使用人は全員「ロッテンマイヤーさん」と尊称をつけるか、「マムゼル・ロッテンマイヤー(ロッテンマイヤー家政婦さん)」
 この「マムゼル」というのはフランス語の「マドモアゼル」(未婚女性に対する尊称)が元ですが、ドイツ語圏に入ってきた時に「家政婦」という職業を表すものにもなりました。この頃の家政婦さんは未婚であるか、未亡人であるかが殆どですから、この尊称にぴったりだったわけですね。
 主人一家は「ロッテンマイヤーさん」。
 但しここがハイジの面白いところでして、ゼーゼマン氏は家政婦さんを尊称付けで呼んでいるのに、彼のお母さん(つまりクララのおばあさま)は「ロッテンマイヤー」と呼び捨てにしております。
 これは実は歴史的に非常に興味深いところでして、ハイジが書かれた19世紀の終わりになりますと、使用人さんたちもある程度の労働基準法(と言っても今から見れば、どちらかというと使用人の権利よりは主人の権利をはっきりさせるものですが)を得て、その人権も認められるようになってきています。そこでこの頃のモダンな思想のご主人たちは、きちんと上級使用人には尊称をつけるようになったのですが、ホルシュタインの田舎に住むおばあさま(あくまで推定として、この人は19世紀の初めぐらいに生まれたと考えて)は伝統に拘ってそれはしない。フランクフルトという都会のロッテンマイヤーさんとしては呼び捨てにされ「恥ずかしく、そして腹ただしく思っていた」とは作者も書いている通りです。
 もしセバスチャンが執事であったら、このロッテンマイヤーさんとは同格の使用人となったはずですが、しかも男性であるので、彼女よりランクは上となります。

 中級使用人:御者ヨハン、召使いセバスチャン、小間使いティネット
 呼び方:ロッテンマイヤーさんと主人一家は彼らに対し名前+呼び捨て。これは原作でも仕来り通りですね。
 目下や仲間に使う「お前」に当たる「Du」を一方的に使用するのは家政婦さんのみの権利となりますが、ロッテンマイヤーさんの場合、目上か、逆に目下以下の相手に距離を置きたい時に使う「Sie」(あなた)と、これも「Du」以下になる殆ど蔑称である三人称「Er」を使っております。
 (ドイツ語での「Sie」は「目上に対する呼び方」と教わる人もいるかもしれませんが、それは正しくありません。例えばナチの収容所では、決してドイツ人からユダヤ人に対して「Du」と言ってはならず、必ず「Sie」を使えという規則がありましたが、これは「相手が目下以下である」と示す為でした。そして蛇足になりますが、この「Sie」が「Du」であったらあれほど恐ろしくなかっただろう、と収容所にいたことがあるユダヤ人の方も言っております)
 主人一家は原則として使用人に対し、この目下以下に対する「Sie」か「Er」を使いますが、使用人としての仲間意識よりも上司としての意識の方が強いロッテンマイヤーさんも、中級使用人全員を同じように呼んでおりますね。
 また彼ら同士は名前+呼び捨て、そしてお互いを「Du」と呼ばなくてはならない決まりがありました(原作でもその通りです)
 最後に使用人の主人一家に対する言葉遣いですが、これは仕来り通りですと「Du」も「Sie」さえも許されず、必ず三人称の「旦那様」「奥様」のみ。日本語だとあまり違和感はないのですが、ドイツ語ですとそれこそ雲の上の人間、という印象が強く残ります。敢えて日本語に訳せば、「今日は何をお召しになりますか、奥様」はアウトで、「奥様は今日、何をお召しになりますか」が正しい言葉遣いとなります。
 因みにセバスチャンも決してハイジに「Du」や「Sie」を使わず、三人称の「お嬢ちゃん」と言っております。
 
 ハイジに出てくる使用人さんたちはこれだけですが、無論、ゼーゼマン家にも台所女中や室内女中、下男などのその他大勢の使用人さんたちはいたかと考えられます。但しこの人たちは「良いお部屋」と呼ばれていたご主人一家の住まいに当たる建物の部分には、余程のことがない限り立ち入り禁止でしたので、作品に登場しなくても当然なのですが。

 ここまで分かってしまうと、ハイジがゼーゼマン宅に到着した時に、ロッテンマイヤーさんが「まずはあなたが使用人たちをどう呼ぶか、決めなければなりませんね」という注意が意地悪ではなく、ハイジにとっても、また主人家にとっても大問題になると知っている家政婦さんが心底心配しているというのが見えてきます。

 というのも。
 ゼーゼマンさんは上記のように、かなりモダンな思想の持ち主と見えて、クララの学友となるハイジに「娘と同じ待遇にするように」と命じております。
 ここで面白いのは、ゼーゼマンさんが「我が家で児童虐待していると言われたくないから」と、19世紀にしては物凄くモダンな言葉を使うことですね。今でこそ誰もが知っている単語ですが、おそらくハイジの書かれた頃にはこれだけで、ゼーゼマンさんが当時の紳士よりもかなり進歩的な考えを持っていると読者に知らせるような、さりげないヒントだったりします。
 ところが幾らモダンな思想ではあっても、生活の環境自体は主人と使用人がいる封建的なものですから、ゼーゼマンさんのこの望みは後先を考えていない我侭、とさえ言えるのです。何しろ「クララと同じに」ということは、ハイジにはほぼロッテンマイヤーさんと同格のランクが与えられるわけですから。
 ですが、これが家政婦さんには個人的に気に入らないと解釈するのはちょっと早とちりですかも。ロッテンマイヤーさん自身にとってはクララがもう一人増えようとどうなろうと、特に直接な変化はないのですから。

 問題は他の使用人、なのです。

 例えばティネット。
 当時のメイドと女中とのランクの違いを表すものは何かと言いますと、女中はご主人一家にも、またそのお客様にも面と向かって口を利く機会は殆ど皆無で、全ての指示は家政婦さんを通して受けます。従って読み書きも出来ず、マナーも知らず、無教養で構わないのですね。それに比べてメイドは女性客に接することもありますし、奥様がいましたらその身の回りのお世話もしますから、多少の読み書き、お針、そして基本的な作法の知識は絶対に必要だったのです。
 それだけのスキルを持つティネットですが、もしハイジがクララと同じになってしまうと、それこそマナーも読み書きもお針も何も教えられたことがない無能の彼女が、メイドより上に立つことになってしまいます。
 原作でしきりにハイジに意地悪く、軽蔑を隠さないティネットですが、これでは仕方がないとさえ言えるでしょう。
 そしてロッテンマイヤーさんとしては、拗ねまくるだろうティネットを上司として上手く抑えなければならない。はっきりいってこれは面倒くさいですし、もし彼女がこっそりと「余計な我侭を」とご主人を罵ったとしても、無理はないとさえ思えてしまいます。

 また、ハイジが仲良くなるセバスチャンですが、これもハイジのランクがロッテンマイヤーさん並みであれば、家政婦さんにとっては非常に頭が痛いことです。何しろヒエラルキーとそれに伴う儀式的な作法が身分の上下を決める時代ですから、ハイジがセバスチャンに慣れ慣れしい口を利けば、セバスチャンがロッテンマイヤーさんに対しても従順ではなくなるかもしれない。言ってみれば係長さんが部長さん扱いされると、段々と部長さんの特権を求めるように、セバスチャンも図々しくなるかもしれない。
 現に原文でのセバスチャンはハイジをこともあろうか「マムゼル」と呼んでいるのです。これは「お嬢ちゃん」の意味であると同時に、ロッテンマイヤーさんの耳には「家政婦さん」とも聞こえるでしょうから、例え百歩譲ってわざとではないとしても、もう少し空気読め、と言いたくなりますね。

 では、どうしてロッテンマイヤーさんにはそこまで「身分の上下」に拘る必要があるのか。

 それは当時のお給料について調べると、かなり納得させるものがあります。
 何しろ男尊女卑の時代です。従ってロッテンマイヤーさんとセバスチャンのランクの差はあくまで使用人としての「身分」だけであり、お給料は全くそうではないのですから。
 ご参考までに当時の使用人の月給をゼーゼマンさん宅の人々に当ててみますと(ソースはNDRの「Abenteuer 1900」)

 1.家庭教師さん(クララの先生ですね)……85マルク
 2.セバスチャン……65マルク
 3.ヨハン……57マルク
 4.ロッテンマイヤーさん……50マルク
 5.ティネット……19マルク
(もし下男さんがいたらこれは月給21~23マルク、女中さんは何と3~11マルクです)

 …如何ですか。

 これではロッテンマイヤーさんにはどうしても、使用人同士の「身分の違い」を表す言葉遣いや作法に拘る必要があるとさえ言えるでしょう。お給料だけ取るとこのように全くランキングが違ってしまうのでは、他のことできちんとけじめをつけておかねば彼らの管理が出来ません。

 ところで、この使用人の「身分の違い」は何と起床時間にまではっきりと表れておりました。
 まず起きるのは女中たち。下男たちは男であるが故、それより30分、長く寝てもいいということになっておりました。それからメイド、そして召使い、その後に家政婦さん、そしてもし家庭教師さんが同じ家に住んでいたとしたら、「大卒」という点で「ご主人に近い」為、主人夫婦が起きる15分前まで寝ていても良かったそうです。

 …ここで面白いのはハイジですが、初めての朝、誰も起こしに来ないんですね。
 一人で目を覚まし、お部屋で朝食を待っていたらティネットに呼ばれるのですが、おそらくこの時点ではロッテンマイヤーさんも他の使用人さんたちも、何時にハイジを起こしたら身分的に「正しい」のか、分からなかったのだと考えられます。それだけ彼女の立場は微妙で、誰にも一体どうしたら彼女にきちんと定められた場所を与えてやれるか、全く分からない。

 言ってしまえばフランクフルトのハイジは、彼女が無邪気にゼーゼマン宅に連れ込んでしまう子猫や手廻しオルガン弾きの少年同様、はっきりと位置づけられないが為に、封建時代の上流家庭には全く場違いな存在だったわけですね。
 彼女に良かれと思って「クララと同じに」と言ったはずのゼーゼマンさんですが、そのつもりではないのにハイジの身分を「普通なら存在しないもの」にしてしまったことこそ、結局ロッテンマイヤーさんが特にその気でなかったとしても、家政婦としての自分の義務を重んじた結果として、却ってハイジを虐待してしまうわけです。

 ――悪役にも。

 それなりの事情はある、というわけですな。