今年の1月1日。

 13年間、同居していた猫が亡くなりました。

 …いや、勿論猫ですから、「同居」していたというのは私が勝手に思い込んでいたようなものでして、猫の方は「缶詰を開けるスキルがなかったらとっくに追い出してるぞーきりきり働けー」ぐらいにしか考えていなかったかもしれませんが。
 猫は得てしてそんな顔をしたがる生き物ですが、この猫はその中でも見事なほどに女王様でした。もし猫仲間の間で「タイラン(暴君)・オヴ・ザ・イヤー賞」が存在していたら、おそらく何度か受賞しただろうね。しかも重いトロフィーは菜之花に持たせて、自分は悠々とインタビューに答えていたに違いない。「近頃の人間は鈍感だから、睨むだけじゃ利かないので大変なのよ」なんてつんとしながら。

 菜之花の家にはもう一匹、オリエンタル・ショートヘアのエボニー君がおります。また、ユーラシアという、ちょっと日本では珍しい、ふかふかもこもこな中型犬も。エボニー君は雄ですから身体も大きく、ユーラシア嬢に至っては体高50センチなので、ちょっと考えてみればどちらも小型の雌猫などまるっきり無視して良さそうなはずなのですが――

 まあ、あれです。シーザーは背丈が低くて、馬に乗る時には鐙に足が届かなかったというぐらいだけど、元老院をびびらせて独裁官になりましたっけ。ナポレオンも小さかったしなあ。してみると、独裁者の素質は背の高さとは全く関係ないようですが。

 うちの女王様も身体が小さく、後に詳しく書きますが奇形だったので、余計チビに見えました。それなのに、エボニー君もユーラシア嬢も全く彼女に頭が上がらない。エボニー君など、菜之花の椅子に寝そべっていて、私が「そこどいて」と言っても知らん振りで大欠伸をするくせに、女王様がいらっしゃると途端に立ち上がり、「ささ、どうぞどうぞ、お飲み物は如何でしょうか、クッションでも持ってまいりましょうか、陛下のお席は私めが暖めておきましたので」と、忽ち忠実な臣下と化する。ユーラシア嬢は女王様の傍に腰を下ろす前にその御身体をぺろぺろと舐め、お馬鹿ですから初め気持ち良さそうに目を細めていた陛下が「もう結構です」というお顔をなさるのにも気づかず、「無礼者っっ!」と鼻を引っ叩かれては逃げておりました。

 こんな感じですから、唯のつまらない人間である菜之花などお目通り以下で、女王様が空腹を訴えて鳴くと、ユーラシア嬢が「お食事を御所望です」と知らせに来る。お皿の上に如何なる好物があろうと、エボニー君もユーラシア嬢も遠くから陛下の召し上がるご様子を拝見し、運良くお余りがあればそれを頂く、という、赤穂浪士もここまでじゃなかっただろうと言えるような忠義振りでした。まあちょっとでも逆らえば陛下のお怒りは並大抵のものではなかったのも事実ですが。

 …と書いてしまいますと、まるで己はエカテリーナ女帝か西太后かという感じですが、考えようによってはこの女王様、「薄幸の美少女」と呼ばれてもおかしくない設定でもありました。彼女を知っている人は誰一人、そんなことは言いませんでしたけど。

 時は13年前。
 菜之花はそれよりさらに10年以上前に高校を卒業した直後、それまでどうしても飼いたかったシャム種の猫を二匹買っております。何故シャムかというと、この猫種は感情表現がはっきりとしており、猫であるにも拘らず良く人に懐いてくれる。また(あくまで猫の水準ですが)平均IQが最も高く、人間にすれば130~150と言えるほどの天才さんたちが多い。アルダス・ハックスリーに言わせると、物書きの卵は文体の勉強なんかより、シャムを二匹飼った方がずっと上達するとか。まあハックスリーさんはシャムに夢中な余り、彼らが好んで机の上のペンや消しゴムを蹴り落とす癖があるとは書いてくれませんでしたが。
 
 菜之花が初めのシャム二匹を譲ってもらったブリーダーさんはまだその頃全く無名で、私の猫たちも二度目か三度目に生まれた子たちでした。ですが彼女は稀に見るシャム気違いで、同じくシャムオタクの菜之花とはすぐに意気投合し、その後何年かは二人であちこちの猫コンテストに行っては他のブリーダーさんとの交流を深めていたものです。
 但し菜之花は専業主婦のその人と違ってまだ学生でしたし、やってみたくとも猫の飼育なんて手がける余裕も時間もない状態ですから、大学が忙しくなるに連れて、時折遊びに行くぐらいになり、そのうち何となく連絡が途絶えておりました。

 ところが大学院に入ると多少は暇も出来たので、久しぶりにそのブリーダーさんに連絡して遊びに行ってみると…

 ――す、すごい!

 彼女の家は一軒家でかなり広々としているのですが、全部で六つあるお部屋の四つは猫専用になっておりました。庭には雄猫が住んでいる小屋が二軒(去勢されていない雄猫はマーキングするので、とても人間が住む場所では飼えないのです)。そして猫用のサンルームや、猫用のベランダや…
 猫屋敷ってああいうお家を言うんでしょうな。流石の菜之花もびびりましたっけ。
 実を言うとこの人のご主人はこんな状態に耐えかねて、家から逃亡してしまいましたので、彼女は専業主婦から×1さんになっておりましたが、特にそれを気にしている様子もありませんでした。何しろ既にその頃、彼女は欧州でも名のあるシャムブリーダーになっておりまして、一匹でも自分のところの猫をコンテストに出場させれば最優秀賞は確実に取れましたから。
 ちょうど大学は休みだったこともあり、シャムについての薀蓄を学ぶには絶好のチャンスと言える環境でしたので、自分の猫を二匹とも引っ担いだ菜之花は10日ばかりそのお家に滞在いたしました。何せ二匹ぐらい猫が増えても全く目立たないほどの大勢の猫ちゃんがおりましたし、一日中、猫の世話ばかりで過ぎてしまうブリーダーさんはちょっとでも手伝ってくれる人を探しておりましたので。
 
 この滞在中、この友人はもう菜之花など到底太刀打ちできないところに行ってしまったのだとはっきり感じましたね。何しろ毎日のように欧州だけではなく、アメリカなどからも遊びに来る人は、猫コンテストを知っている人なら名前ぐらいは聞いたことがある有名ブリーダーさんたち。猫を買いたいと来るお客さんは、こういうことには非常に疎い菜之花でさえ知っているアイドル歌手さんや、テレビのアナウンサーのような人ばっかり。それでも中には猫に関してまるっきり初心者さんもいるわけで、3日も経つと菜之花も偉そうに、普段はテレビで政治家をインタビューでとっちめている政治評論家さん相手に「駄目ですよ、そんなもの猫に食べさせちゃ!」なんて叱っておりましたが。
 
 今、考えればこの時期がブリーダーさんにとっても、猫たちにとっても一番のピークだったのかもしれません。

 それから何年間はまた何度かそのブリーダーさんのお宅にお邪魔していた菜之花ですが、ふと途中からいろいろと彼女のやり方に疑問を抱くようになっておりました。
 はっきりと何がおかしいのかは言えないのですが、「何かがおかしい」と言いますか、ずっと歩んできた道から緩やかに離れているような、不安な気分なんですね。
 初めてそれを感じたのは、それまで常に「猫の外見より性格が大切」「無理してまで綺麗な猫に仕上げるよりは、多少スタンダードから離れても健康な猫にすべき」と言っていたブリーダーさんが、段々と変わりつつあると気づいた時でした。

 何時かは必ずどの優秀なペットブリーダーも感じる、あの危険な誘惑、それは。

 「神になれるかも」ということ。

 十年も真面目にシャムの飼育を続けていると、そのうち自分が既に「理想的なシャム」とされるものを追ってブリードしているのではなく、自分の飼育するシャムこそがその猫種の「理想」になっていることに気づきます。そこまでやっていると、もう名のある血筋の猫は殆ど手元にある状態になりますから。例え自分の家にいなくても、今、必要としている猫を飼っている仲間がどこにいるのか、全て把握している状態。これはまるで長時間かけて、調合に必要なアイテムを全て手に入れたゲーマーみたいなものですね。それこそ裏技的な超レア猫を調合することも出来るし、「まさかあの人がこの血筋にも拘っていたとは」と専門家を唸らせることも出来ます。

 たかが「ぬこ」じゃないかと言うなかれ。世の中にはもっと素人では価値が分からないようなものに血眼になり、それを手に入れなきゃ生きていけないような顔をする人もいるじゃないですか。

 無論、全てのブリーダーさんがそう考えるわけではありません。菜之花のところにいるエボニー君のブリーダーさんは、同じく欧州では指折りのオリエンタル・ショートヘアを飼育している人ですが、彼は全てのめぼしい血筋を集めたところで「もういいや」と止めてしまい、後は誰かが「こういう色の猫が欲しい」とオーダーした時に応じるぐらいです。もしどうしても残らない血統があれば、それを無理やり追うこともしない。趣味としては素晴らしいレベルですが、趣味であるということは忘れない。あくまでゲームとして説明すれば、苦労して集めたアイテムでも持ちきれなかったら惜しげもなく捨てて、「まあ運があれば、そのうちまた手に入るだろ」と気楽にいくやり方です。

 その逆が「絶対絶対コンプしなくては我慢できない」タイプ。どのアイテムも「一度持ったことがあるからいい」ではなく、画面を開いたら全てのアイテムがずらりと並んだところが見たい。百個のアイテムが存在するのなら、表示が「100/0」となるまで続けたいわけですね。

 ところがゲームのアイテムならいいんですが、ここでコンプされる対象は生き物です。

 幾ら人間が「この猫とこの猫を組み合わせて」と企んでも、猫には本能もあれば好みもある。どんなに素晴らしい子猫が生まれるはずのカップルでも、ご当人――いや、ご当猫たちがカップルになりたくないよ、と思えば上手くいかない。普通に唯の美しい猫を産ませるだけなら、「じゃ、別の相手で」と婚活に失敗した人間のように諦めがつきますが、血筋のコンプにはどうしても「この組合わせだけは成功させなければいけない」というのがある。
 ですが、自然とは神秘なものでして、人間があらゆるトリックを駆使して、そういう無理やりな組み合わせを成功させたとしても、それが必ずしも良いものを生み出すとは限らない。それどころか、まるで猫の方が「これはご法度」と理解しているのか、アクシデントが起こり易くなる。
 これは無論、遺伝子の組み合わせが悪いというだけではないでしょう。そうでなくとも理想的なシャムの姿とされるものは、確実に細過ぎる、と言いたくなるようなものになっている。子供なんて産めないんじゃないか、と思える猫も少なくない。また、どうしてもこの血筋を――と執着しているブリーダーは常に物凄いストレスを感じていますから、それが猫にうつってしまうのも当然なこと。
 でもやはり何より問題となるのは人間の貴族と同じく、より濃い血を求めて特定の遺伝子ばかりを組み合わせていけば、そのうちそれが逆転して奇病や奇形が生まれるということです。
 
 この時期のブリーダーさんを見ていて、菜之花は初めてどうしてハックスリーが「物書きはシャム猫を…」と言ったのか、分かったような気がしましたね。

 いえ、シャム自体、ということじゃないんです。シャムよりはブリーダーの方。それこそ中世から続く名家というものが、どうやって身体障害者や精神異常者ばかり生んでしまう血筋になるのか、その経過がはっきりと見えてくる。見ている人間にとっては過酷な体験となりますが、もし大貴族の家系が駄目になっていく小説でも書きたい方には、是非一度お勧めいたします。

 ここで敢えて断言いたしますと。

 血筋を護ることに措いて最も大きいトラップは「必ず失敗するとは限らない」という悪魔的な囁き。

 この猫とあの猫を組み合わせたら、80%の確率で奇形が生まれるかもしれない。だけど運良く上手くいった場合、物凄く貴重な血筋が生まれるというチャンスがある。初めのうちは「まあ他にもこの組み合わせが可能かもしれないから」と気楽に構えるブリーダーさんですが、その血筋を作り上げる猫の数が減ってくれば、段々と気が焦ってくる。例え奇形が生まれてもいいから、運試しをしたくなる。

 ここで人間は鬼になり――果てにはゲーテの言う通り、「自分で呼んだ悪霊を自分の力では追い払えなくなる」羽目となるわけでして。

 菜之花がブリーダーさんから電話で呼び出されたのは、そんな錬金術の時期でした。
 もうその頃、私にはとっくにブリーダーさんのやることにはついていけませんでしたが、やっぱり根っからの猫好きは変わらないので、時折お手伝いに行くのは止めておりませんでした。
 残念ながら血筋コンプに拘るブリーダーさんの家には、その無謀な組み合わせの結果として、何匹か奇形や虚弱な猫がおりましたし、菜之花はそういうのを見ると放っておけない損な性格ですので、どうしても手伝いたくなるんですね。
 そして今回のケースもまた、以前から細過ぎるので出産は無理と言われた雌猫がお産間近に様子がおかしくなったというものでした。
 獣医さんに連れて行くのは当然ですが、おそらく帝王切開になるだろう、その場合、手術が終わったばかりの母猫と子猫たちを運ぶから、どうしても誰かに手伝って欲しい――
 
 またかよ、と内心ちょっとうんざりした菜之花でしたが、その母猫はよく知っていたので、まさか放っておくわけにもいかず、早速車に乗って動物病院に向かいました。

 案の定。

 「胎内で臍の緒が絡まっていますね。おそらく子供はもう死んでいますよ」

 冷静に告げる獣医さん。

 そこでブリーダーさんは帝王切開に立会い、菜之花は只管、診察室の隅っこで待つことに。何しろ自分の猫の去勢手術に立ち会って、貧血を起こしたという情けない経歴を持つ人間ですので、帝王切開なんてじかに見学したらぶっ倒れるに決まっておりますから。

 手術の途中、獣医さんは「この猫は何度妊娠してもおそらく無事に子供を産めない」と言い、「どうせ開腹したのだから、今すぐ去勢手術もしてしまった方が良いのでは」と薦めました。流石のブリーダーさんもそれには大人しく同意しておりましたけど。
 胎内の子猫は三匹だったのですが、確かに二匹は首に臍の緒が絡まって既に死んでいて。

 そして残る一匹は――

 「これも今日中には死ぬでしょうね。雌ですが、手っ取り早く安楽死させますか?」
 「ドクター、あなたは私を知っているでしょ?どうしてもこの血統は取っておかなければならないんですよ。何とか生かしておくことは出来ないんですか?」
 「無理でしょうね」と彼女以外にもブリーダーという名の人種を知っている獣医さんは首を振って、「御覧なさい、この子の背骨は、臍の緒に引っ張られて殆ど折れている。例え何とか回復したとしても、きっと立つことも歩くことも出来ないでしょう。生かしておくのは虐待ですね」
 「お言葉ですがドクター、私はもっと酷い奇形の猫も知っていますが、何とか生き延びましたよ」
 「どうしても、と仰るのなら私は反対しませんよ」と獣医さんは面倒くさそうに。「だけど万が一、この子が生き延びたとしても、子供は絶対産めないでしょうね、それだけは保証してもいい」
 「それだって、今から決め付けることではないと思います!」

 こうなったら意固地になるブリーダーさん。

 菜之花が恐々覗き込んでみますと、その子猫はタオルの上に無造作に置かれておりました。問題の背骨は確かに首から下のところで無理やり横に引っ張ったような形で曲がっており、その下半身は殆ど捩れている様子。変な言い方ですが、上から見下ろすとまるで三角形みたいな猫なのです。

 「兎に角、一度連れて帰ってみます。駄目だったらまた連れてきますから!」

 そう言い切ったブリーダーさんですが、母猫とその子猫を車に積み込んでから、
 「あんなこと言ってどうするの。確かに死にかかってるじゃない」と菜之花が聞きますと、
 「まあそうだけど、あそこで『はい、そうですか』って言うのも癪だし、オスカーの例があるでしょ」

 …オスカーというのはその半年前ほどに生まれた猫で、胎内から出てきた時には全く動かず、息もせずで、どこから見ても死んでいるとしか思えない様子でした。それでもブリーダーさんと菜之花で蘇生させようと、いろいろやってみたのですがどうにもならず、諦めたブリーダーさんが後で庭に埋めようといってその子を手ごろな容器に移したのですが、他の子猫の世話もあってそのまま放っておいたら、急に容器の中から鳴き出した、という正に奇跡の猫ちゃんです。容器に入れられて生ゴミみたいになりかけたところ、蘇生したというので、セサミストリートのゴミ箱モンスターの名前をとって「オスカー」と呼ばれることになったのですが。
 
 でも、奇跡というのは稀にあることだからこそ、奇跡と言われるわけであって。

 この背骨の曲がった子猫の方は、どう見ても前途多難な運命が待ち受けているとしか思えませんでした。
 何より困ったのは、帝王切開でお産をしたからか、それとも奇形であるからか、母猫が全く受け容れようとせず、お乳を上げようともしないこと。これはそれでも日に何度か、アミノ酸が入った栄養剤を注射すれば何とかなりますが、普通だったら母猫が舐めてやったり、お下の世話をしてやったりするわけですから、それ全て人間が代わりにやることになります(とはいえ、舐めたりはしませんけど)
 
 他にも何十匹も猫がいる家ですから、ブリーダーさん一人がそれをやるわけにもいかず、自然と菜之花も暇な時には泊まりに行って、お尻を脱脂綿で拭いてやったり、注射をしてやったりと大忙し。子猫の方は相変わらず殆ど動きませんが、話しかけられたり、何か気に入らないことをされたりすると、「みぃ」とか「くぅ」とか抗議する声は、今から思うと既に十分暴君の素質を感じさせるものだったかも。
 
 十日ほど経つと真っ青なお目目を開けて、人をじろりと睨む風はますます暴君か不良娘っぽい印象でしたが、それもまた慣れれば可愛いものです。それに目が開くと、ど根性と言いますか、こいつは一筋縄ではいかない性格だぞ、と分かるような反骨精神が滲み出ていて、菜之花としては大変、嬉しく思ったものでした。顔は流石、高貴な血筋だけあってかなり整っていましたので、逆に何となく子猫っぽくないところもあったのですが、元々菜之花はどちらかというと子猫より成猫の方が好きなタイプ。そこで睨まれても苦にせず、世話を続けておりました。

 一ヶ月後、はいはいしながらあちこち動き回るようになりましたが、どうやらそれが負担になるのか、エネルギーの消耗が激し過ぎるのか、以前より良く眠るようになって、目に見えて弱っているようにしか思えません。ですが、その頃には菜之花にも懐いてくれて、二、三日行かないと探し回ってくれたりするので、ここで諦めるわけにもいかず。「駄目かもしれない」と弱気になるブリーダーさんに、寧ろ菜之花の方が「絶対大丈夫!」と言い張り、はいはいの訓練にずっと付き合いました。「ここまでやったのに死んだりしたら、絶対あんたを許さないからね!」なんて呟きながら。

 ですが、第一回目の予防注射にこの子を連れて行った時(この度は前回とは別の獣医さんでした)、ドクターがちょっと見て言うには、
 「何で安楽死させなかったんですかね。どうせ立つことも出来ないのに」
 「もし立てたとしたらどのぐらい生きられそうですか」
 「さあね、三ヶ月ぐらいかね。それ以上は無理だね。椅子から落ちたりして死ぬんじゃないの」
 
 …ところがそれからちょっと経つと、この女王様はどうやら御自分の毛繕いを家来にばかり任せておくのがお気に召さず、何とか座り込んでいっちょまえに後足を上げ、身体を舐めようとし始めます。その度にすっ転がっては「今のはお前が見ているから失敗したのじゃ」と仰るようなお目目で睨まれましたが。

 そして第二回目と第三回目の予防注射。何とこの頃になると女王様、数歩歩かれては尻餅をつかれますが、それでも何とかはいはいから無事、卒業。

 「前回、仰っていた三ヶ月まで後数週間なんですけどねー」
 菜之花がちょっと皮肉交じりに言うと、獣医さんも渋々と、
 「まあ今すぐ死ぬようには見えませんね。となると、半年後ぐらいかね」

 まるで予習をしていない生徒が当てられたかのようにあてずっぽに聞こえる先生ですが、一応理屈に適ってはいる診立てと言えます。三ヶ月になれば事故死しないぐらいに歩けない限り、確かに何処かから落ちて死ぬ可能性は高い。そこで多少でも身体のバランスを取ることを覚えたとしても、半年後には発情期という難問が待っています。普通の猫でも非常に消耗する時期ですから、この子に耐えられるかどうかは分からず。

 「それってやっぱり子供は産めないってことかしら」と眉を顰めるブリーダーさん。
 「当然でしょう。満足に歩くことも出来ないのに、子供が出来たらどうなりますか。このまま身体が育っても、その負担で倒れるかもしれないのに」
 「では、この子を助けようと思ったら――」
 「発情期に入ったらすぐに去勢手術するんですな。今すぐは駄目です、少しでも筋肉が育つようにしないと。それでいくらかチャンスは上がる。だけど妊娠したらまず母体も子供も助かりませんね。まあそれ以前に妊娠しないだろうけどね」

 ここでブリーダーさん、ふとぽつんと呟きます。

 「…やっぱりひと思いに安楽死させた方がいいのかな」

 ――菜之花は別に怒りっぽい人間ではないと自覚しております。喧嘩は好きじゃないし、気に入らないことは反発するより無視する方。滅多に怒鳴ったりもしませんし、まあよく言えば温和、悪く言えば底抜けお人よしです。

 ですが、このブリーダーさんの言葉には本気で怒りましたね。

 「これだけ頑張っているのに、何で今更、安楽死っていうの!!」
 「だってこれじゃ飼ってくれる人もいないし、うちだってもうそんな場所はないじゃない。それに半年後に生きているかどうかだって分からないのに――」

 はい。お察しの通り、菜之花は答えましたよ。

 「…それなら私が飼うから!」

 ――今、思えば馬鹿なことを言ったもんです。子猫は二歩歩いては尻餅状態。これ以上、歩けるようになる保証なんて全くないですし、おそらく歩けたとしても事故に合わぬよう、ずっと注意してやらなけれならない。しかも決して長生き出来ないのは、誰もが断言することで。

 ですが、この「半年」というリミットが、実は菜之花にとって逆に飼おうという気にさせるものでした。そりゃ確かにこの状態で五年も十年も生きるのでは、ちょっと大変かもしれない。だけどたった半年じゃないか。半年ぐらいなら何とかなるだろうし、生きられるだけは生かせておいてやりたい。例えその短い一生を室内で過ごし、椅子にさえ上ることが出来なくても。上れると知らなければ上りたいと思わないかもしれないし、出来ることだけやって、出来るだけ生きようと頑張ればそれでいいじゃないか。

 ですが、ブリーダーさんも獣医さんも明らかに「あんたバカ?」と問いたそうな顔で見つめてきております。

 「…絶対長生きしませんよ?」と念を押す先生。
 「いいです。それならうちで死ねばいいですから。今、家を買う予定ですので、ちゃんと埋めてあげる庭もあります」

 ……というわけで、菜之花はめでたく女王様に仕える身となったのでした。

 それから暫くしてうちに連れ帰った子猫は、四ヶ月めにはよろよろしながらも尻餅をつかずに歩けるようになり、五ヶ月目になる前に椅子は愚か、机にも何とか飛び乗れるようになりました。それでも身体を舐める時には時折、ひっくり返っては「お前が悪い!」と睨みつけてきましたが。

 7ヶ月目に発情の兆しがあり、すぐに菜之花行きつけの獣医さんのところへ。

 この獣医さんは菜之花が昔、住んでいた家で動物病院をやっていた人で、そのご縁でもう何年も通っております。さばさばした女性で、裏表ないところが実に頼もしい。本当は緊急でない限り、手術はしない人なのですが、幾ら腕が良くともやたら安楽死を薦めるような獣医さんには診て欲しくなかったので、女王様をここへお連れします。
 
 幸い、何事もなく終了した去勢手術でしたが、後にその先生が話したところ、開腹した時には手術せずにまた閉じようと一瞬、思ったとのこと。何しろ身体が捩れているため、内臓も血管すらも、普通の猫とは全く違う場所にある。怖くて、メスを入れるのはかなり勇気が要ることだったらしいです。
 そこで思い出したのが、あのベートーベンの第九に出てくる「喜びへの賛歌」を書いた詩人のシラーですね。彼も見た目はそうでなくとも内臓が酷い奇形で、死後解剖された際、それを受け持った医者が心臓すら見つけるのが大変だった、と言ったそうで。
 
 「まあ、でもこれで暫くは安心かな?この子、本当に強いよね。ここまで頑張る子も珍しいよ。おそらく生まれた時からずっと動く度に痛いんだろうに、全然負けないしね。後、五年は大丈夫だろうね」
 「五年ですか。そこから老化現象が始まるから?」
 「その通り。五歳以上になると骨も弱ってくるし、内臓も弱るからね。でもね、この子だったら十歳になっちゃうかも。負けず嫌いだから」
 まあそれはおそらく無理だけど、と笑いながら付け加える先生。

 …それから。

 何年も何年も経ちましたが、女王様は相変わらず健康そのもので。

 菜之花がキーボードを打てばマウスの上に横になり、余りモニタに夢中になっていると手を伸ばしてちょいちょいと頬を突付き、テレビで小動物がちょこまか動けば画面を両手でびしばし打ち、本を齧ってぼろぼろにし、誰も見ていない隙にテーブルによじ登り、その上にあったクリーム壷に手を突っ込んでは舐めて。
 天気が良い日は外に出て遊び、捩れた体を上手に捻ってハエを獲ったり、隣の犬の餌を盗み食いしたり。
 近所の猫が庭に入ってくると窓際に座り、エボニー君に「助さん、格さん、こらしめてやりなさい」と大威張りで号令を出したり。その様子は水戸黄門様というよりは、コロッセウムで哀れな戦士の戦いを楽しむ女帝様でしたが。
 夜は菜之花の枕の上に陣取り、菜之花がちょっとでも使わせてもらおうとすると脚で蹴っ飛ばしたり。

 いやはや、本当にいろいろありましたな。

 そして、去年の大晦日のこと。

 その前日まで菜之花の名づけ子や、ももりんさんと仲良く遊んでいた女王様はその日、突然体調を崩し、そのまま立ち上がれなくなりました。
 痛みはなかったようで、鳴くことはしないのですが、好物のクリームさえも、もう飲もうとせず。
 おそらく長年の負担で内臓の機能がおかしくなったのでしょう。この半年間、段々と歩行も困難になり、椅子から飛び降りようとして半分落ちかかることもありました。
 「この子は亡くなる前に、おそらく生まれた時と同じ経過を逆行するよ」
 獣医さんの診立て通り、こんこんと眠る合間にちょっと立ち上がろうとしては倒れる様子は、まるで生まれた頃を思い出させるようなものでした。

 でも。

 「もう、頑張りたくない」

 そんな顔だけがあの時とは違っていて。
 
 だから菜之花はあの頃と同じように膝に乗せ、その曲がった背中を撫でながら、今回は「もう頑張らなくてもいいんだよ。楽になっていいんだよ」とずっと囁きかけて。

 そして元旦の午後十時半、13歳と2ヶ月のお歳まで生きた女王様は何度か小声で鳴いた後、静かに眠りにつかれました。

 さようなら、女王様。

 あなたは本当に偉大な方だった。