子供が幼稚園や小学校に入ると、おそらく世界中の何処のお母様方もちょっと心配なさるのはこんな問題。
「うちの子はいつまでサンタクロースを信じるかしら」
できればずっと信じて欲しいのだけど、あまり長い間信じられても困るという、大変微妙な親心。「わーい、サンタさん来たよー」と大喜びする姿は実に可愛いものですが、それが中学生や高校生になっても変わらなかったら、やっぱり困る。その頃になったら親としては「うちの子には好きな異性がいるか?」という別の問題に悩むべき時期なのですから(これもサンタクロース同様、出来るだけ長い間いないで欲しいものだけど、三十や四十になってもいなかったら別の意味でちょっと困るかも)
菜之花には子供はおりませんが、名づけ子というものはいます。
日本で名づけ親というと、子供に名前をつける人、というイメージが強いようですが、名付け親の本当の義務はそんなものではありません。名前なんて唯のスタートライン。そこから最低十四年はかかる名付け親の本来の義務が始まります。
医学がまだまだ迷信や、怪しげな民間療法と切り離せなかった昔は、子供が亡くならずに無事、大人になるという保障はありませんでした。ですが、同じように子供が育つまで親が亡くならない、という保障もない。どちらかがお星様になってしまう確率はかなり高かったといえます。
名付け親は運悪く親の方がそうなってしまった場合、代わりに子供を引き取って育てる義務を持つ人間でありました。だから、代母や代父とも呼ばれるわけですね。今では法的には名付け親であるというだけで、両親の死後、名づけ子を引き取ることは出来ませんが、もし両親が予め遺言などで名付け親に親権を譲りたいと書いていれば、別に問題なく養子にすることも可能です。
ですからカソリック宗派ではつい最近まで名付け親を「精神的な近親」と見なし、名づけ子との結婚は禁じられていました。血の繋がりはなくとも、二人を「親子」と認めた教会から見れば近親相姦となってしまうので。
また、プロテスタントでも名付け親には普通、名づけ子が十四歳になって堅信式を受けられるようになるまで(堅信式とは簡単に言ってしまえば「選択肢が与えられていない赤ん坊の時に受けた洗礼を本人自身が認める」と誓う儀式です)、真っ当なキリスト教信者として宗教に興味を持ち、礼拝に出かけ、十戒を守るよう導くという役目がありました。
現在でも名付け親にそういった役目を期待している親がいるのかもしれませんが、両親自身が既に「礼拝?めんどくせー」とか言っている家庭では、やたら宗教に拘ると却って「もう来んな」と言われることになるかもしれません。
それでもまだまだこちらでは子供が生まれれば名付け親が決められるのは、宗教以外の教育上の方針などを決める際、外部からの意見を聞くのも大切とされているからだったりします。
キリスト教には批判すべき点が幾つかあるとはいえ、これは素晴らしい発想だと思っています。本来ならば両親だけで決めることを、子供をやはり「親」として見ている第三者と相談できるわけですから。
そして子供というものは親が言っても聞かないのに、仲良しのオジサンやオバサンの言うことはあっけなく信じちゃったりして。まあ大抵の場合はそんな真剣なことじゃないんだけどさ。「ほーら、菜之花小母さんも人参大好きなんだよー。こーんな美味しいものを食べないなんてAちゃん、ほんとにいいのかなー」というセリフを発する為に、わざわざ呼び出されたりするんだから。
それでも菜之花小母さんも名付け親の端くれとあらば、時と場合によってはかなり難しい相談を受けることもあります。Aくんの通信簿を見せられて進学はどうしようかとか、第二外国語はラテン語をやらせるかフランス語を選ぶかとか、バイオリンのレッスンを辞めさせたいとか、お小遣いでDSを買おうとしているけど、こんなもので遊ばせてもいいのかしら、とか。
(DSに関しましては名づけ親として相談されているのか、ゲームオタクとして相談されているのか、はっきり断言はできませんです、はい)
そしてついにはこの難問。
「どちらのサンタクロースがいると話すべきか!!」
…サンタクロースは真っ赤な服を着た白髭のメタボおじいさん、というイメージが定着してしまったのは欧州も日本と変わりないですが、そういうサンタさんしか知らない日本と違って、こちらにはもっと昔からのサンタさんがちゃんとおります。
中世の欧州ではサンタさんは12月6日に来るものでした。それが聖ニコラウスの祭日だから。
彼は枢機卿であることを表す杖を持ち、枢機卿の紫や金色のマントを着て、ニコラウスさんに仕えている「下男ループレヒト」を連れてきます。こいつが曲者で、手には藁箒を持ち、一年の間に集めた子供たちの善行や悪戯をきちんと書き取ったリストまで持参している。まだ体罰が当たり前だった時代には、親が頼んでこの人に子供を叩かせたとか。こわいこわい。
そして今の欧州でもこのサンタさんの方を信じさせたい親はかなりおります。
アメリカのサンタさんがやたら企業に利用されてしまって、まるでデパートか通販の回し者みたいになってしまっているということもありますが、何よりこちらは騒がしくて底抜け陽気で明るいイメージ。それは楽しいとはいえ、こちらの厳しくて暗い冬には合わない。何しろ朝の九時になっても薄暗く、午後の三時には既に日没という北欧です。運良く雪が降っていればまだしも、そうでなければ冷たい雨がしとしと、じめじめ。しかも十一月末にはこちらのお盆に当たる「死者の日曜日」という、非常に陰気な祭日があったばかり。これでは大人も子供も自然にちょっと気が滅入ってしんみりしてしまう。
……そんなところに「ホーホーホー」なんて叫ぶ、浮かれたおじいさんが煙突から乱入する姿を想像してみてください。
…さて。
話を元に戻しますと、菜之花の名づけ子であるAくんの場合、ご両親と菜之花とでいろいろ相談して、無事、どちらのサンタさんを優先するかと決めました。
そして数年間。Aくんはずっと無邪気にサンタさんを信じてくれていたのですが…
ある日。
小学校から帰ってきたAくん、何となくふてくされております。訳を訊いてみると声も不機嫌そう。
「お母さんも菜之花も嘘つき。サンタクロースなんていないじゃないかー!」
…嗚呼。
とうとうくるべきものがきてしまったか……
Aくんのお母さんと顔を見合わせた菜之花、ため息をついて口を開きます。
「Aちゃん、別に私たちは嘘と思って言ったんじゃないんだよ。それはね…」
するとAくん、頬を膨らませて叫びました。
「サ ン タ ク ロ ー ス は 本 当 は B く ん の お 父 さ ん な ん だ か ら !!」