ブログネタ:「クリスマス」といえば何?
参加中相変わらず物臭ですのでブログネタの質問のみで、つながりを一切見ていない菜之花ですが、これまで日本の友達や知人に「クリスマスって何?」と聞くと、かなりの人数が「クリスマスツリー!」とうっとりとしたお目目で答えておりますので、おそらく今回もそう答えられる方が多いんじゃないかと思っております。
そこで開口一番。
「クリスマスツリーは本来、クリスマスとは全く関係ございません」
…いや、本当なんだったら。年末に木を飾る、という風習なら、ローマ時代にもあったんだって。その頃はもみの木、と限られていなかったし、月桂樹のお家が多かったんだけどね。
無論、クリスマスなんてまだない時代ですから、その頃はお正月のしきたりでした。
但し、宗教的な意味で木を飾る、ということ自体は、ローマ以前にインドの方から欧州に伝わったものです。もっと詳しく言えばミスラ神のお祭り行事でした。つまり、元はといえばアジアから入ってきたものなんですね。
何時、それが欧州でも真似されるようになったのかは分かりません。ですがちょっと興味深いことに、こちらでは家を建てる際、土台が出来上がったところで「土台祭り」というものを祝うのですが、その時にクリスマスツリーそっくりな「土台ツリー」か、アドベントや収穫祭に使うような木の枝で作られた輪が屋根に飾られるのです。こちらの人は欧州特有の昔からの儀式と思っているようですが、面白いことにポリネシアやタイにもこれとそっくりな「土台祭り」があるそうですね。つまり、このツリーは直接インドからではなく、別のアジアの国から入ってきたという可能性も考えられるというわけです。
初めてもみの木がクリスマスに飾られた、と記録されているのは何と16世紀に入ってからでした。
しかも赤い服のサンタさん同様、現代にも通用する「きらきらなもみの木」なクリスマスツリーのイメージを作り上げたのは、この時代の宣伝上手な商人さん。あるパン屋さんが、クリスマスの時期になるともみの木にお菓子や飾りを下げたものを店内に置いて客を呼び、お正月になると近所の子供たちに、サービスとしてそのお菓子を配ったわけです。その気前よさと何より立派なツリーが評判になり「宅でも今年はこの木を飾るザマス」とまずは豪商の奥方たちが自宅でもクリスマスツリーを飾り始めたわけで。
と、まあ歴史的なお話はここまでにしておきまして。
…実はここ数年間、欧州全体でクリスマスツリーの数が足らなくなってきております。
元々、クリスマスツリーは必ず24日の午後に飾られるのが正統派のやり方。例えその数日前に買ってきたとしても、家の中には入れません。20日前後になるとあちこちのバルコニーやお庭にすっぽりとまだ網がかかった状態で、雪を被ったまま寒そうに壁の隅っこに寄りかかっているもみの木を見ますが、その様子はまるで出番が来るまで楽屋で待つ役者さんです。24日まではお呼びでないよ、というわけですな。
このもみの木さん、当然ですが買った大人には選んでもらっているのですから、その家のご両親とは既にお近づきになっておりますが、子供にはまだ会わせてもらえません。「ツリーはプレゼント同様、クリスマスまで子供には見せない」が伝統ですから、これに拘る親は、数日前に木を買ったとしても、それを大真面目な顔で友人宅や祖父母宅に預ける。もっと保守的な親ですと、24日にツリーを家の中へと運ぶ込む時さえ、子供に決して悟られないように注意しましたり。サンタさんと同じで、神様のご加護によりクリスマスには常識から考えたらありえないことがあり得る、そう子供に教える絶好のチャンス。何処から見てもゲームなんてやりっこなさそうなおじいさんがWiiを持ってきてくれるのですから、もみの木が知らぬ間に勝手に歩いてきて応接間に立っていた、と言われても誰も驚きません。ええ、驚きませんとも。
…ところがこのささやかな「奇跡」が、実際にはそう簡単にいかないんだなー。
何しろ、欧州中の人々が同じようなことを考えていて、出来るだけ24日直前にツリーを買おうというわけです。近頃はこちらでもマンション住まいの人が多いですし、核家族問題はどの都会も同じですから、早めに買ってしまっても自宅には置き場所がなく、預かってくれそうなお祖父さんお祖母さんは車で四時間走らないとたどり着けない場所に住んでいたり。きちんとしたお店を持つ植木屋さんや、出入りの庭師さんから買ったセレブさんたちなら、ちょっとチップをはずんで24日までキープしてもらう、という手がありますが、大抵の人は市場の片隅を囲っておいてその中にもみの木を山積みにし、これを短時間で激安に「もってけ、ドロボー!」と叩き売る方たちに頼らなくてはならない。
この買い方に問題があるとすれば、それは24日直前にはもう殆ど思うような木が残っていないということです。
理想的なクリスマスツリーは床から天井までの間隔にぴったりと収まる真っ直ぐとしたもの。天辺に飾られる星はキリストが生まれた時に現れたという「ベツレヘムの星」なのですから、それが壁の半分ぐらいの高さでだらしなく光っていては、どうもみっともない。ですが、モダンなマンションですと天井の高さは大体2mと相場は決まっていますが、ちょっと古風なお家になりますと、3mから4mもあります。しかもきっちりと3mとか3.50mとか決まっているんなら問題ないんだがね。家によっては「3.43m」とか、どう考えてもクリスマスの時期に住人を泣かせるために考えた、としか思えないような高さも稀ではないのだよ。
…というわけで、24日どころか、20日前後に欲しい大きさのもみの木が全て売れ切れちゃった、ということも珍しくはないわけでして。
土地代が高いご時世ですから、わざわざ一年に一度しか売れないもみの木を育てる人も殆どいなくなっております。その上、元共産圏では近頃、ふと伝統を思い出してクリスマスツリーを飾る人が増えている。ですが東欧では売っている店が少ないので、人々は西に出かけていって買う、というわけですな。何しろありがたい共産主義に支配されていた頃には延々と列に並んだり、遠くまで出かけたりしなければ欲しいものが手に入らなかったからね。ツリーを探して三千里、なんて、ポーランドやルーマニアの人にとっては朝飯前ですって。
そして日本同様、欧州もこのところ不況ですので、以前なら冬休みを利用してスキー旅行に出かけていた人たちが、急に自宅でクリスマスをお祝いするようになったり。となれば、その分だけツリーも必要になるのですが、それが中々手に入らない。
それがこちらの人にとってどれだけ大変なことかというのは、20日前後のテレビやラジオのニュースで「今年もクリスマスツリーが少ないですので、お求めの方はお早めに」と呼びかけているのを見ていれば明らかです。ツリーがあるかないか、これはもう生存問題。何としてでも手に入れなければならない。
菜之花はクリスマスを名づけ子一家と過ごすのが常ですが、此処でも毎年、ツリーは重大な問題となっております。幸い、名づけ子の家は大きな森の近くにありまして、そこの森番さんと名づけ子のお父さんとが仲良くしているので、一昨年まではあまり困ることもありませんでしたが。
ところが去年。23日の午後に名づけ子のお母さんが電話をかけてきて「今年はどこに行っても買えないんだけど、どうしよう…」と悲痛な声で訴えてきました。
いや、どうしようなんて言っている場合じゃない。名づけ子とそのお兄ちゃんががっかりするのも然ることながら、毎年毎年「あなた方、どうしてもっと早めにツリーを買っておかないの!」とお小言を仰るお婆ちゃんもイブには来るんですから「今年はございませんでした」なんて、怖くてとても言えません。
そこで菜之花は慌てて名づけ子のお家に行き、そこのご両親と相談の上、皆で手分けしてめぼしいところを片っ端から探すことにいたします。まずは菜之花の友達で庭師をしている人のところに電話をしてみる。ここは大抵、どこかからもみの木を探し出してくれるのですが、今回に限って全く駄目。次にあちこち不動産を持っていて、従って庭の数も半端ではない知り合いのおばあちゃんに連絡してみます。ですが、どうやらおばあちゃんが切ってもいいと思えるもみの木は、何日も前に他の人たちが全て持っていってしまったようで。
「松の木なら残っているから上げるけど、持ってく?」
…それってまるで七夕に笹の代わりとして竹を飾るようなもんじゃないか!と、サザ○さんだったかちび○る子ちゃんだったか、どこかで見たセリフを思い出した菜之花ですが、やっぱり松の木では代用品にもならないので、丁寧にお断りします。
そして24日の朝。
朝食も食べずにあちこちの市場やお店を覗きに出かけましたが、もみの木があったとしても、それは既に他所のおうちの子になってしまったものばかり。名づけ子の家に行きますと、友人夫妻も朝早くから別の市場やお店を廻ってきたにも拘らず、まだもみの木がない。
「仕方ないから、うちの庭と菜之花の庭のもみの木から枝を切って、それで飾りを作ろうか」
名づけ子のお母さんは最早、諦めきってしまっている様子。
「それはいいけど、私んちのもみの木はどれも15メートルはあるんだよ。ある程度、見栄えのする枝だったら梯子を使わないと…」
「第一、24日に住宅街でチェーンソーを使って枝を切ったりしたら、近所中が吃驚するじゃないか!」とお父さんは猛反対。
ですが、何とかしないといよいよツリーなしのクリスマスになってしまう。
…幸い、そこでお父さんから名案が。
「ちょっと遠いけど、Gのところだったら残ってるかもしれないな」
Gさんはお父さんの友達で、B伯爵という、日本でも知っている人がかなりいると思える名門貴族のご領地で森番をしている女性です。菜之花の名付け子のお父さんも森番の息子さんなので、森林にも詳しく狩猟免許も持っていることから、Gさんは手負いの猪を狩り出すなどという素人には到底任せられないようなことがあると、お父さんに手伝いを頼むことが度々。森の多い巨大な領地ですから、もみの木が余っている可能性はかなり大きい。
試しにGさんに電話をかけてみると、分けてあげるからおいで、というありがたいお返事。
車で往復して三時間、というちょっとした旅ですが、お父さんは早速出かけます。
……ところが。
三時間どころか、夕方になってもお父さん、戻ってきません。
雪は降っていませんでしたが、移動する人が多いので渋滞もあちこちある24日のこと。まさか事故にあったわけでもないだろうとは思っていましたが、やはりお母さんも私もそろそろ心配になる。名付け親が女であると、つい存在感が薄くなりがちなお父さんですが、24日にはツリーを飾ったり、薪を割ったり、焼肉を切ったりと非常に便利…いえ、大事な人ですので。
そろそろおばあちゃんを駅まで迎えにいかなければ、という時間になって、漸くお父さんがくたくたになって戻ってきました。
そしてそのかなり大型のプジョーの屋根には待ちに待ったもみの木が…!
そこまでは期待通りで大喜びしたお母さんと菜之花でしたが、ふともう一度車の上を見てから暫し首を傾げる。
というのも、そこには一本ではなく、三本ももみの木が積まれていたからでした。
どうしたんだ、と問い詰める二人に、疲れきったお父さんが話すには。
Gさんの家から帰る途中、木を積んでいるので危ないからと高速道路ではなく、別の道を選んだところ、渋滞になって全く進めなくなり。
何分経っても前の車が動く気配もないので、真冬で車中は寒いのもあり、事故でもあったのかとそのまま外に出て前方へと歩いていったら――
何と、道路の真ん中に何本かもみの木が落ちており、通せん坊をしている状態。
おそらく市場帰りのトラックが落としてしまったのでしょう。これまた、こちらのクリスマスシーズンにはよくあることですが。
警察に連絡した人もいたようですが、幸い事故があったわけではないので、そう急いで来てはくれません。なんせ12月24日の夕方ですし。
仕方ないのでお父さん、他の車に乗っていた何人かの男の人たちと木を担いで道路の脇に寄せておりましたが、ふと誰からともなく――
「これって持ち主がいないようなもんだよな!?」
「いたとしたって取りにこないよ。きちんと積んでなかったんだから警察に捕まるし」
「大体、明日になったらもう売れないよなー」
そこから大胆な人が、「うち、まだツリーがないんだ」と呟くまで僅か数秒のこと。後は暗黙の了解のうちに、数本あったもみの木はあちこちの車の屋根に積まれて、綺麗に片付けの終わった道路では大満足なお父さんたちが車のエンジンをかけておりました。
というわけで、その年は名づけ子のおうちにツリーが三本もある、ブルジョアなクリスマスとなったわけですが。
…先ほど名づけ子のお母さんに電話をしたら、まだツリーを買ってないんだって。今朝、ラジオで品切れ寸前だと言っていたのに。
どうするんだ。今年は。