『男たちの旅路』『ふぞろいの林檎たち』の時代 | いっちゃんのひとり言

『男たちの旅路』『ふぞろいの林檎たち』の時代

脚本家の山田太一さん(享年89)が、11月29日に老衰のため亡くなった。

昭和のドラマ全盛期を牽引した脚本家だった。

山田太一さんは東京浅草生まれ、早稲田大学を卒業後に松竹に入り、木下恵介監督の助監督として映画作りに携わった。

あの頃初めて世に登場したテレビという新しい媒体にすべてを捧げた人だった。

しかし、世の中は大きく進展し、商業主義にまきこまれていってしまったのだ。

山田さんは一時テレビに絶望し、小説の世界へ逃げようとしたが、テレビの堕落に警鐘を鳴らしつつも、『岸辺のアルバム』『想い出づくり』『ふぞろいの林檎たち』『男たちの旅路』など、心に残る作品が多く、山田さんが発表した傑作群には彼の抵抗の跡が見られる。

学歴や容姿に劣等感を抱く若者たちを描いた『ふぞろいの林檎たち』は、私もよく観ていた。

テレビドラマというジャンルを、一つの、もう少し輝かしいレベルへと引き上げていった人ではないか。

『男たちの旅路』シリーズの一つ、「車輪の一歩」のラストシーンは何度見ても涙が出る。

家に引きこもる車いすの少女が、知り合った主役の鶴田浩二さん演じるガードマンに励まされ、街へ。駅の高い階段の前で、勇気を奮う。

「どなたか、あたしを上まで上げてください」。

小さな声は次第に大きくなって、4度目に手を貸す人たち。

自分ならもっと早く助けたいと感じた人も多くいたはずだ。

バリアフリーの発想に欠け、時に車いすの人がバス乗車を拒まれた時代。

ドラマに先立って山田さんは障害のある人たちと3年ほど交流し、思いに接したと聞く渾身の脚本が「車輪の一歩」だった。(中国地方新聞『天風録』12月4日)

「人に迷惑をかけることを恐れるな」と、この作品は大反響を呼び、やがて街と駅にスロープやエレベーターができる一歩になる。

社会を動かした名作だ。

山田さんのまなざしの温かさを思う。

 

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