ある建築界のイベントに参加させて頂いた。
たくさんの新たな出会いがあったことと、自分の活動を振り返ることができたというのが一番有り難かった。
これまで個人で設計してきた案件は改修ばかりで、建物が残ってきた背景を読み解くと必然性が感じられるものが多かったので、どれも非常に丁寧に既存建築を扱ってきたし、お施主さんの好みや居心地の良さをとても重視して、お施主さんの生活が建物に含まれて初めてその空間は完成するという気持ちでやってきた。
なので、竣工写真も可能な限り使われ出してから撮りたいと思っているし、それらの写真は意図的にスナップ写真のように(所謂建築写真の撮り方とは違ったふうに、状況描写と見えるように)撮っている。
既存建築を重視しているという点と(使われ出した時点を完成(永遠に完成は無いのだが…)と捉えているので)最後の仕上げを施主に放り投げているという点から、新築をつくる感覚とはまるで違っているし、あまり「建築している」感覚はなかった。「作品をつくっている」という感覚ももちろんなかった。
そして「建築で(作品で)判断して欲しい」という気持ちがあるので、これまで事務所名もつけていないし、HPもつくっていないし、今回のイベントにもあまり出すつもりはなかった。
しかし今回議論に参加し幅広い視点からの意見を聞いて、良くも悪くも自分は建築家的な考え方をしているのだなと感じ、以前に二人の友人に指摘されたことを思い出した。
二人とも、僕が設計した大半の案件を見てくれていて、一人は「ファッションでデザインしていないというか、とても長い時間使われることを想定してつくっているように感じられる所がインテリアデザイナーとは違って建築の人だなと思う。同時に、どれも一見全然違うデザインなんだけれど似ていると思う。内装ばかりやっている人って判断基準が見えないというか本当にその時によって全然違う人が多いけれど、君にはちゃんと判断の軸があるように思うよ」と言って下さって、そのときは「木造リノベからRCビル内の飲食店内装まであるし、施主も違うので、どれも全然違う判断をしていると思うけれど…と感じた。
もう一人は「『状況』を重視していると言っているけれど、それは完成後の状況で、施工やWSなどのプロセスやストーリーよりも断然アウトプットを重視しているじゃん。それって「完成後の生活感を受け入れるデザインをしてます」って話で「建築のデザイン」の話じゃないの?だから、それはそういう作品としてちゃんと発表した方が良いと思うよ」とおっしゃって下さった。
本当は自分の言葉で書ければ良いのだけれど、今回感じた「自分は建築家的考え方をしている」という理由を上手く言語化出来ないので、人の言葉を借りた。
イベントを経た今なら、お二人に言われたことがとてもすんなりと理解出来る。
こういうイベントに参加するといつも思うのだが、今回の貴重な経験をどのように還元出来るかで、今回参加したことの価値が決まるので、これからまた頑張っていこうと思う。