何故か | 断片の集積

断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

今日はとても切ない気分。 祝日だというのに。


その理由はきっといくつかある。楽しみにしていたフットサルが人が集まらなかったという理由でキャンセルになったこと。 曽我部恵一のsingという新しいアルバムをネットで予約して実家に届くようにしていたのだけれど、母親から「CD買ったというからなんのCDかと思っていたら“そかべけいいち”のCDで、がっかりだった」というメールが来たこと。ゴーストノートのアマノガワをワンリピートで聞いていたこと、あっという間に12月が来てしまったこと。


そして、何故だかわからないけれど、大学祭のことが走馬灯のように思い出された。先輩について回っていた一年の時、主体的に参加し、建築のサークルなのだからと店舗に様々な装飾をこらした2年の時、大学祭には一日も参加せず、チャットモンチーと斉藤和義をもって友達と福島・鎌倉と二回もドライブ旅行に行った3年の時、卒論に追われながら息抜きにバイトをしていた去年。 とくに3年時のことを思い出して切なくなっていた。あの頃は今みたいな未来を想像せず、でもそれなりに追い込まれながら生きていた。斉藤和義のかすみ草とチャットモンチーのバスロマンスが車の中で何度も何度も流れていた。


何故か判らないけれど心が弱るときは不意に訪れる。そして、そんな時は同じように心が弱っていた時のことを思い出す。きっとあの3年時の楽しかった旅行をしている時も何かしらの理由で心は弱っていたんだろう。ああいう無邪気な時間にはもう二度と戻れないんじゃないかって切なくなりつつ、あの時も決してただ無邪気だったわけじゃないんだって悟る。


いまここにいることってすごく貴重なことなのだけれど、日本で当たり前にあったちょっとした息抜きの時間(犬の散歩に行ったり、ドライブしたり、ギターやピアノを弾いたり)ってなんて重要な時間だったんだろうと実感する。


そういう意味でも今日はフットサルをして体を動かしたかった。


やっぱりサッカーが好きで好きでたまらない。同時に朝から晩までずっと課題のこと考えてても飽きないんだから建築も大好きなんだな。