弱い心 深い眠り そして期待 | 断片の集積

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主にポルトガルでの生活について

昨日の夜は参っていた。すべきことがたくさんあったのに加え、10ヶ月間もの長期間、家から離れるということに対する不安が大きくのしかかっていたからだ。


自分でもびっくりしていた。何度もひとりで海外を旅行していたし、割とあっさりと旅立てるかと思っていたけれど、やはり旅行と留学はそこに対する気持ちのあり方が全然違う。


メキシコでのWSから帰国して、次の日に二級建築士の製図の試験を受け、その2日後にポルトガルへという超ハードスケジュール。人は大変だとかすごいとか言うけれど、こうやって息もつかぬ間に日本を出たのは正解だったと思う。日本にいれば居るほど、そして旅立ちの日が近づけば近づくほど、期待よりも不安がどんどん膨らんで僕は押しつぶされたと思う。たった3日でもかなり参っていたのだから。


心が弱っているときに優しくされると本当に泣いてしまいそうになる。具体例はいろいろあるけれど、いつも以上に愛犬が俺に懐いていたこと。そして、家を出る時、普段はそんなことはないのに、ハウスに入れられたあと何かを感じてさんざん鳴いていたこと。あいつと10ヵ月会えないのはさみしい。あいつにとっては70ヵ月分もあるんだしね。


空港に行くまでの道中での友達からの優しいメールや、チェックインカウンターのお姉さんの親切な対応(スーツケースを制限の22kg以内に収めようと、昨晩どれだけ苦労したことか。結果22kgより少し重かったけれど見逃してくれ、留学ですか?何を勉強なさっているのですか?と優しく話しかけてくれた。機内持ち込みだって普通に考えれば制限を超えてたもの。本が10冊くらい入っている鞄をポシェットとみなしてくれたし。)によって、そして両親の笑顔によって、僕の心は変な風になっていて、うまく着地点を見つけられないまま飛行機に乗り込んだ。

乗ってすぐ出された機内食はほとんど食べることができなかった。弱い心のせいで。


機内食が出されてから30分程度で僕は深い深い眠りに落ちた。今までの疲れが全部眠りに転化したようだった。次に目が覚めたのは、朝食となる機内食が出たときで、その機内食から一時間もたたぬうちにパリ、シャルル・ド・ゴールに到着した。たぶん10時間くらいぶっ通しで寝ていたんだと思う。眠りから覚めると、つきものがとれたように弱い心はいなくなり、機内食もすべて平らげることができた。


そして、乗継を経てリスボンに到着。空港では3人の女の子が僕ら(僕は、友達である一人の留学仲間と一緒にリスボンに到着した)の名前を掲げていてくれ、すぐに落ちあうことができた。これも昨日の深夜4時くらいに意を決してコエーリョ先生にメールし、僕のメールのあまりの必死さにびっくりした(のかどうかはわからないが)先生が驚くべきスピードで返信をくれたからこそである。それまで連絡を怠っていた僕が悪いのだけれど、コエーリョから本当にすぐ、びっくりするくらいすぐ(先輩からコエーリョは返信に3日はかかると聞かされていた)メールが返ってきたこと、その優しさもまた、昨日の夜、僕の心がおかしくなっていたことの一つの原因である。


彼女らは車で僕らを寮まで送ってくれ、到着が夜遅かったにもかかわらず、僕らは寮に無事、入居することができた。親切心に心打たれる。本当にありがとう。ちなみに、メキシコ帰りのぼくの感覚としては、リスボンは車の流れが遅い。全体的に。まあ、メキシコが異常なのだとは思うが。


さて、その後、コンビニを求めて友達と二人で夜の街を歩き回ったのだが、コンビニがそもそも見当たらず、てっぺんを回った街で、空いている店を探すのも同様に難しく、運よく空いていたマクドナルドで空腹を満たして寮に戻ってきた。


あの深い眠りを経てからは、昨日の弱い心がどこへ行ったのやら、あれもしたい、これもしたい、これからどんなに楽しい生活が始まるのだろうか、という勝手な期待が心を満たしている。


心は本当に勝手だけれど、ずっとプラスの感情のまま過ごしていければよいと思う。極端なことを言えば、日本のことなんて忘れてしまうくらい。


気づけば深夜4時。もう眠らなくては。