・・・・・・・っということで、ノートルダム大聖堂の近くに船着き場があって、クルーズ船に乗ります。
↓前方が船着き場。

乗ったのは屋根のないオープンタイプ。↓
今日は晴れて暑いくらいですから、屋根付きよりこちらで正解。
開放的で気持ちいいです。
チケットには座席番号が書かれていますので、ぼくのように知らずに他人の席に座らないこと。

イヤホンが配られ、日本語も用意されています。

ストラスブールはドイツとの国境に近く、何度もドイツ領になったりフランス領になったりを繰り返しています。
どちらかというと、神聖ローマ帝国の領地だったので、今はフランスだけどドイツが基本でしょうね。
何しろ交通の要衝で、ライン川で海と繋がっているんです。
こんな内陸なのに。

ルネッサンス期以降は、自由な気風で早くからプロテスタントに傾倒しています。
前出のグーテンベルクやゲーテ、モーツァルトなど文化面でも存在感を示しています。
ルイ14世が領土を拡大し、三十年戦争を経てフランス領に。
1871年の普仏戦争のあとは再度プロイセン(ドイツ)領に。
第一次世界大戦でフランスが取り戻し、第二次世界大戦でヒトラーが一時占領と目まぐるしく支配が変わっています。

この辺りがプチッとフランスと言われる地域で、これまでいろいろ訪れてきたアルザス地方の雰囲気に変わります。

面白かったのが、水位の差を調整する水門を経験できたことです。
前の水門。↓

↓後ろの水門。

徐々に水位が上がっていくのを経験できました。
もう一つの水門では、水位が下がる経験ができます。
↓こちらは水位が上がる水門で、開閉の仕組みを見ようとしたけど、よく分からん。

船に向かって橋の上や、土手で日向ぼっこしている人が手を振ってくれます。
平和っていいなと自然に思ってしまいます。
↓これは船の通過を妨げないよう回転する橋。

そう、平和なんですよ。
あれだけ憎しみ合い、殺し合っていたフランスとドイツがこんな間柄になるなんて誰が想像できたでしょう。
だって、ナチスの占領時、アルザスの若い男性たちはドイツ軍として徴兵され、東部戦線に送られたそうですよ。
村々にあった戦死者の名前を彫った慰霊碑は、そういう意味だったのですね。
平和がいちばん。
普仏戦争のあとドイツ領になったとき、ドイツの優越性を見せつけるために川岸に沿って建てられた建築群。

結局のところ、両国ともキリスト教という共通のベースがあるからこそなんでしょうね。

同じ風景でも、地上で見るか水面からかによって印象が違うもので、風景が立体的になります。

形のいいセントポール教会。

乗船時間は1時間15分くらい。
最後は歴史地区の先の超近代的ビル群を見せてくれます。

特に欧州議会(ルイーズワイスビル) は一見の価値があります。
・・・・・・・
ランチは路地裏なのに地元民で繁盛する店を発見。
ぼくはライスの上にサーモンが乗ったイタリア風混ぜご飯。

本当はビールかワインが欲しいところだけどね。
旅行中はコーラが欲しくなります。
ドイツが整備した地域にあるプラス・ド・ラ・レピュブリック庭園。

春爛漫です。

カミさんが水門の開閉を見たいと言うので。

残念ながら船が通過したあと。

藤の花が綺麗です。

これにて今回の観光はオシマイ。

明日はアムステルダムへ大移動日なので、早めにコルマールに戻ってきました。
4泊の間お世話になったカルフール。
なんとも品数が貧弱ですが、スーパーは周囲にこれしかないので使わざるを得ませんでした。

明日のバス移動に備えて食料を買い込みます。

