・・・・・・・っということで、橋下、堀江、よく知らないけどひろゆき・・・ぼくが嫌いな人物たちです。
なんとなく共通するものはお分かりでしょうが、自己顕示欲の強い連中ばかりです。
しかし、ソーシャルネットワークの時代、こういう自信満々の個性がウケています。
その主張が間違っているか正しいかは別問題ですが。(ーー゛)
いまはネットを通して個人の意見を発信できる時代です。
しかし、発信数は多くなるものの、本当にしっかりした自分の意見を持っている人は少ないように感じます。
要は自信がない。
そういうときに、これら自信満々の意見に強く影響されるのです。
象徴的な出来事は例のパワハラ事件を起こした斎藤兵庫県知事の再当選。
明らかにこれら自信満々の意見に投票者がミスリードされたとぼくは分析します。
トランプもソーシャルメディアを使って極端な意見をばら撒き成功しました。
このような現象を見ていると、ソーシャルメディアの危うさを感じざるを得ません。
好き嫌いは別にして、これら時代の申し子たちの存在に危機感を持つべきだと思うんですがどうでしょう?
「自己顕示×確信口調×ソーシャルメディア」の組み合わせの破壊力を過小評価すべきでないということです。
ソーシャルメディアによって、かつてのメディアのふるいがなくなり、ノーガードで情報が拡散されています。
だからこそ、「自分の頭で考える力」=判断力がかつてなく問われている時代なんです。
この問題を解決するには、賢者が発言力を持つことです。
いつの時代にも教養人、正論を持った知識人、人格者は必ずいるものです。
しかし、発信力となると例外なしに弱い。
弱くなるのは仕方ない、なぜならそういう人物は断定せずに間違いがある可能性も否定しないからです。
すると、絶対的な意見を求める大衆の人気が得られないのは当然ですね。
答えは国民全体が賢くなるしかないのですがそれは難しい。バカになるのは簡単なのにね。^m^
バートランド・ラッセル(19世紀イギリスの哲学者)は言いました:
「世界の問題は、愚か者が自信に満ちていて、賢者が疑念に満ちていることに起因する」と。
まさに現代を言い表していますね。
ソーシャルメディアの時代、自信満々の発言には気をつけろ、と気づくだけでも一歩前進とするしかないですね。
「正しさより強さが勝つ」時代であってはならないのです。
