・・・・・・・っということで、いつものように、短い滞在でペルー人とは何かを論じてしまおう。(^^)/
ペルーと言えばインカ帝国。
あの偉大なインカ帝国であります。
石積みの精巧さ、天文学の科学力、マチュピチュしか見ていないけれど、人里離れた高地に、あれだけの空中都市を建築してしまう、その技術力というより、統制された組織力の高さを褒めるべきでしょう。
現代のどんな機械力を以てしても、自給自足が可能な集落を建設するのは不可能に違いないでしょう。
その偉大なインカ文明はスペインのフランシスコ=ピサロによって征服されてしまった。
名目上はキリスト教の布教であったが、明らかに金をはじめとするインカの財宝目的でした。
その手法は残忍を極め、さぞかしペルーはスペインに根深い恨みを抱えているはずだと考えていました。
ところが、そういう感情はクスコ周辺の山岳民のみで、現在首都であるリマの砂漠気候の人々はスペインに対して悪感情を持っていないようなのであります。
まあ、日本の3.4倍の国土を持つペルーをひとくくりに考えられないのは当たり前ですが。
ペルーの独立は一応1821年ということになっていますが、その後あのシモン・ボリバルの手を借りなければなりませんでした。
ボリバルは理想主義者で、南米全体の統一国家を描いていました。
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ペルー人との接触は現地案内人のマチュピチュのチュラ氏とリマのオスカー氏の二人だけでした。
偶然この二人は正反対のバックグラウンドで、チュラ氏はコテコテのインカの末裔を自任しています。
オスカー氏は、母親が日本人のルーツを持っていて、あまりインカの末裔という意識はありません。
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ペルー人とは何か?
ものすごく単純な決めつけですが、「自分たちのアイデンティティーを明確に持てない人たち」としておきましょう。(^^)/
リマにある(征服者)フランシスコ=ピサロの銅像。
