・・・・・・・っということで、あれから36年が経ったのですね。
1985年、結婚の翌年、長女がお腹の中にいた時です。
TVで第一報が流れた後、なかなか情報が入らず、ヤキモキしたことを覚えています。
三島由紀夫、阪神淡路大震災、同時多発テロ、東日本大震災と、起きた時自分が何をしていたかを鮮明に覚えている5大ニュースの一つでしょう。(世代による違いはあるでしょうが。)
犠牲者数520名という数字は、いま聞いても信じられません。
遺族へ補償金は、保険の規定通り。(多少の色は付いたようですが。)
ミスを認めたボーイングへの賠償請求は、JALに丸投げ。
遺族がアメリカで起こした訴訟は、和解しています。
・・・とはいえ、何だかなぁ〜という気持ちは残ります。
乗客が味わったあの恐怖は、あまりにも残酷ですよね。
いくら釈然とはしないものの、保険とはこのためにあり、規定に従って支払われるものなんですね。
・・・・・・・
ぼくは、事故現場に翌日駆けつけた警察官を個人的に知っています。
地獄を見た者は、沈黙してしまうものです。
・・・・・・・
あの事故後、空の旅は格段に安全になったと信じたいです。
あのとき奇跡的に助かった12歳の少女も、今では2児の母のようです。
上を向いて前に歩くしかないですね。
