パリ万博のシーンを見て | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
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・・・・・・・っということで、【晴天を衝け】はいよいよ使節団のパリ万博訪問のシーンに移ってきましたね。

 

チョンマゲを結った日本人一行が、文明の差にビックリするのです。

 

大袈裟に描かなくとも、当時のサムライたちは仰天したことでしょう。

 

このシーンを見ながら、イギリスの巧妙な植民地政策を連想してしまいます。

 

植民地にされたインドの知識人たちも、ロンドンに連れて行かれ、度肝を抜かれたのは同じです。

 

圧倒的な文明の差を見せつけるために、イギリスは将来インドの指導者となる人物たちを、ロンドンに連れて行ったのです。

 

その師弟たちをイギリスの大学に留学させ、イギリスの都合の良い価値観を植え付け、長期的にインド支配をしようとしたのです。

 

これは、イギリス人の介入を最小限にして、現地人たちを利用して、支配するのが目的でした。

 

ロンドンという町は、外国人をビックリさせるように作られているのです。

 

そして、バッキンガム宮殿の衛兵交代式も、わざと派手に演出されているのです。

 

・・・・・・・

 

さて、日本も同じようにならなかったのは、なぜでしょう?

 

多分、日本の地政学的な位置に、それほど手間をかけるだけの価値を見出せなかったのでしょう。

 

なんたって、日本は世界の東の果て。

 

そこから先は、どん詰まりですからね。

 

イギリスの代わりにアメリカが手を出してきたのは、理屈が立つのです。

 

植民地化に遅れをとったアメリカにとって、日本はアジアの拠点となる価値があったのです。

 

・・・・・・・

 

確かに、明治維新を達成した渋沢などの偉人たちは見事な働きをしました。

 

しかし、ちょっと引いて歴史を眺めると、もう少し面白さが分かって来るのです。