・・・・・・・っということで、この指摘にはいろいろ考えさせられますね。
『でも深く人付き合いしなくても回る社会をそもそも我々はつくってきたわけです。』
というキャッチーなテーマの中で分析しているものです。
そもそも友人というものを考える時は、「人間の本質は孤独」だという前提で語られなくてはならないとぼくは思っています。
だってサ、人間以外の動物は孤独でしょう?
独りでも生きていかなければならない宿命を背負ってるからです。
ということは、独りで生きられなければ、死を意味するのです。
しかし、人間は社会というヴァーチャルな世界を作って、その中で生きていかなければならない生き物です。
友人=信頼できる他人を沢山作ることは、ヴァーチャルな世界では必須項目なのです。
当然、ヴァーチャルな世界ですから、得意不得意が出てきます。
友人に困らない人、孤独な人がいて当然なのです。
ここで問題となっているのは、「深い人付き合い」「深い友人関係」です。
それができない若者が増えていて、その原因はぼくらの世代にあると名指ししているのですね。
深い悩みを持った若者は友人に相談できずに、両親に悩みを打ち明ける傾向があると分析しています。
確かにそうかも知れません。
おっしゃるように、社会の制度が不親切なのでしょうね。
ぼくが以前から指摘しているように、地域のコミュニティーが崩壊したこと、核家族が行き過ぎたことが理由なのでしょう。
でも、ぼくが思うに、「深い人付き合い」「深い友人関係」が生きていく上で必要なのでしょうか?
サイモン&ガーファンクルの歌詞に、「friendship causes pain」というフレーズがあります。
だから自分には友情なんて必要ない。
だって、ぼくはRock(岩)なのだからと続きます。【I'm a rock】
日本の若者が精神的に貧弱だとは信じたくありませんが、「人間の本質は孤独」だというところから出発すれば、強く生きられると思うんです。
