・・・・・・・っということで、どうやら年末年始ころに書いた文章が出てきました。
もちろん自分が書いたブログ用の文章です。
完璧に忘れていました。(^^ゞ
何か尻切れトンボのようですが、言いたいことは何となく分かるので、記録として残しておきます。
・・・・・・・
・・・・・・・っということで、昭和生まれの人は何か悲しさを背負っている。
平成の人には、その悲しさが感じられない。
その悲しさの正体は何だろう?
それは戦争を経験した昭和初期生まれの世代が、次世代(戦後世代)に悲しさを経験させたくないという強い思いだろう。
その強い思いは、バブルという形で極端に振れた。
団塊世代は、自分達の親が味わった悲しみを受け止めることをせずに浮かれた。
学生運動しかり、反戦運動しかり、タガが外れたクラブ(ジュリアナ東京?)という形で。
そして、バブルがはじけた。
自分達が築いたと思っていた繁栄は、昭和初期の親たちが種子を蒔いて育て上げた果実を掠め取っただけだと気付いたのである。
だから、悲しい。
それがぼくの属する世代だ。
平成生まれのぼくらの子供たちに、何も遺産を残せなかった。
親たちの遺産を消費し尽くした世代がぼくらなのだ。
・・・・・・・
平成というのはどんな時代だったのか?
ぼくは迷いの時代だったと定義したい。
親からは何も遺産を受け継がなかった。
それまで敷かれていたレールは突然途切れた。
後ろを振り返っても、親たちは肩をすくめるだけだ。
・・・・・・・
そして、令和の時代。
何も伝えられずに終わったぼくらの世代は、ただ消え去るだけだ。
悲しさを湛えた表情をしながら。