・・・・・・・っということで、今回のトランプ支持者たちの連邦議会襲撃事件は、SNSが主犯と言って良いでしょう。
インターネットによるSNSの出現で、ジャーナリズムが危機に貧していることは何となく感じています。
でも、ジャーナリズムとは何なのだと聞かれても答えられません。
ラテン語のdiurnusが語源で、「日々の」という意味だそうです。
日々の事柄を伝えるでは、あまりにも茫漠としています。
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ジャーナリズムの危機とは、端的に言えば、今までのやり方では報道機関が儲けられなくなったということでしょう。
報道機関の使命は「事実の伝達」でしょう。
それでも範囲が広すぎて、定義できません。
ジャーナリズム(英: journalism)とは、事実の伝達のほか、それについての解説や【論評】も含むとあります。
これが、ジャーナリズムの中心的機能です。
ぼくら民衆は、世界で起きている【事実】の現場に立ち、直接見ることは出来ません。
直接目撃したとしても、その事実の持つ意味を理解できません。
ですから、【論評】を必要とするのです。
ジャーナリズムはとても困難であると同時に、責任が重いのです。
「立法」「行政」「司法」の3つの権力にこの「報道機関」を加え、「第四権力」とする意見があるくらいです。
憲法の第二十一条において「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と書かれているくらい、ジャーナリズムは重要なのです。
ジャーナリズムを語ることは、民主主義の根幹を語ることなのです。
ああそれなのに、ジャーナリズムの危機を知りながら、ぼくらは無頓着なのです。
・・・つづく。