・・・・・・・っということで、トランプはMAGA(Make America Great Again)を標語に掲げ、アメリカ人の心を掴みました。
昨日の連邦議会でも、多くの暴徒がこのキャップを被っていました。
直訳すれば「もう一度偉大なアメリカにしよう」でしょう。
アメリカが偉大だったことなんて一度もないのにね。^m^
今回の一連の騒動を見て、アメリカ人の考える【偉大】と、ぼくらの考えるそれとは、どうやら異なるように思えるのです。
彼らの偉大とは、誰よりも力を持っていて、自分の好き勝手に振る舞えるものであるようなのです。
トランプの標語が響くのは、アメリカ人がかつてのような力がないことを認めているからでしょう?
成熟した社会というものは、「一人勝ち」を許さないものです。
お金と軍事力だけでは、決して偉大だとは認めてもらえないのです。
その現実に、苛立ちを持っているのです。
陽気で金払いの良いアメリカの旅行者は、世界から好かれていると勘違いしていたのです。
心の底ではバカにされていることに、ようやく気付いたのです。
本当の偉大さとは、尊敬される人物(国家)であることです。
尊敬は金と力では獲得できないのです。
ナンだよ、俺はお前たちの安全を軍を駐留させて守っているんじゃねぇか。
駐留経費を出さないと、もう引き揚げるぞ!というトランプの言葉にアメリカ人のほとんどが共感しているのです。
これじゃあ尊敬されるはずがないのです。
ますますバカにされるだけなのです。
・・・・・・・
ぼくはこのアメリカ人の傾向を、歴史の浅さに求めます。
長い歴史を持つということは、辛酸を嘗めるということです。
アメリカも独立戦争や南北戦争、ベトナム戦争などで辛酸を嘗めたと言うかも知れません。
ところが、歴史のある国の目からすれば、全然足りない。
足りていない上に、教訓を得ていない。
強い者が弱い者の上に立つものだという、間違った教訓から出られていない。
勝つか負けるか、強いか弱いかの誤った正義認識から離れられない限り、アメリカが偉大になることは不可能でしょう。
偉大さを求めたトランプ4年間の集大成が、昨日の出来事だったのです。
実に皮肉なことです。
