死んだ父の歳を数える | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、今日は父の94歳の誕生日です。

この広い世界の中で、今日という日を覚えている人はぼく以外に一人もいません。

父が亡くなったのは2016年11月03日です。

11月9日の誕生日(90歳)を目前にして、旅立っていきました。

あと6日長生きしていれば、90歳の誕生日を迎えられていたのに・・・。

でも、いいんです。

父らしい生涯でした。

・・・えっ?

父らしい?

・・・・・・・

父は、ぼくと違って立派な人間でした。

努力家で、負けず嫌いで、何より「善人」でした。

これだけを挙げただけで、ぼくとは正反対の人物だったのです。

・・・・・・・

息子は親父を乗り越える。

これがどんな息子にも課せられた宿命です。

ぼくは相当早い段階で、父を乗り越えることを諦めました。

運動神経も、語学力も、哲学の知識も、あらゆる分野において、ぼくは父の足元にも及びませんでした。

そう、親父を乗り越えられなかったダメ息子がぼくなのです。

・・・・・・・

こんなダメ息子を父は愛してくれました。

いろんな場面で、わざとぼくに負けたフリをしてくれました。

分かっているよ。

全部分かっているよ。

赤の他人だったら、ぼくは貴方にとって採るに足らない男だったのです。

でも、息子だから突き放すわけにはいかなかった。

・・・・・・・

貴方はそんな立派な男だったのに、亡くなってから4年足らずで、貴方を思い出すのはぼくだけなのです。

いま、誰が貴方の立派さを伝えられるのでしょうか?

大正15年11月9日に愛媛県の片隅に生まれた男の子。

戦争の時代に青春を送り、戦後の混乱した時代を必死に生きて家族を守った。

・・・・・・・

決して忘れられない2016年11月02日の夜。

貴方は痩せこけた体をベッドに横たえていた。

右手の人差し指を中空に伸ばし、しきりに漢字を描いていた。

父は書道の名人でもあった。

学のないぼくは、何を書いているのかサッパリ理解できなかった。

彼の上にぼくが顔を差し出すと、なんとも言えない笑顔を見せて、ぼくの頭を撫でたのです。

痩せ細った指がぼくの頭皮を撫でたあの感触は、一生忘れられません。

ご免なさい、ぼくは貴方を乗り越えられなかったダメな息子です。

・・・・・・・

翌朝、貴方は旅立っていった。

一人で。

貴方がどんなに優れた男であったか、伝えられるのはぼくだけなのが不思議でたまりません。