五街道 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、現代は東京⇔京都間は東海道新幹線か東名高速道路を使うのがメインで、中央線や中央高速道路を使おうという酔狂な人はいないでしょう。

そこで、江戸時代もそうだったのかという疑問を持ちました。

街道というと五街道。

・東海道
・中山道
・甲州道
・奥州道
・甲州道

の5つです。

当然使われたのは東海道と思うのですが、東海道には大きな障害があるのです。

その一つは、箱根越えです。

何たって「天下の険」というくらいですからね。

そしてもう一つの大きな障害。

それは「川」です。

代表的なのが大井川。

「越すに越されぬ大井川」というくらいですからね。

他には多摩川、馬入川、天竜川、酒匂川、興津川、安倍川等があります。

東海道筋の河川は全て下流ですから、水量と川幅が一番大きいのです。

防衛のためにわざと橋を作らなかったというより、技術的に作れなかったのでしょう。


それに比べ、障害の少ない中山道か甲州道の方がポピュラーだったのじゃないでしょうか。

関ヶ原へ向かう家康の息子軍(秀忠)は中山道を進軍したし、徳川家茂へ輿入れした和宮も東海道ではなく中山道を使っています。

五街道の交通量を調べてみたのですが、なかなか出てこない。

交通量を正確に調べているはずもなく、時代によっても交通量にバラツキが多いでしょう。

ようやく見付けたのが下の図。↓
やっぱり東海道の交通量が一番多かったですね。(^_^ゞ

中山道は予想外に少ないのに驚きました。