キリスト教徒はスターウォーズに許しを求める | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・・っということで、「スターウォーズはキリスト教的世界観か?」について考えてみました。

スターウォーズには【神】らしき存在が見当たりません。

その代わり、【フォース】という不思議な力の存在があります。

イエスのような【救世主】はいない代わりに、フォースを操る【ジェダイ】という騎士が存在します。

世界は帝国軍という【悪】と、反乱軍という【善】に二分されます。

この幼稚な分類は、いかにもキリスト教的と言えるでしょう。

ただし、善と悪との定義付けは曖昧なままです。

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ジェダイになるのは選ばれた者であっても、訓練しなければフォースを扱えません。

マスターが弟子を訓練する過程は、実に【東洋的】であると言えるでしょう。

ライトセーバーという刀に拘るのは日本的であります。

キリスト教では手に負えない部分を東洋の神秘に求めたのです。

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さて、ジェダイは善と悪の両方に存在します。

正義のジェダイでも悪の誘いに弱く、容易に【ダークサイド】に取り込まれてしまいます。

ダークサイドに落ちたジェダイは、ルシファーのような【堕天使】であって、キリスト教的世界観そのものです。

その堕天使の最強の者が【ダースベイダー】です。

この映画のテーマは、【人間の弱さ】です。

ダースベイダーは最初は無垢な少年だったのに、悪の権化に変身してしまうのです。

この物語の主役は明らかにダースベイダーです。

シーズン3が面白くないのは、ダースベイダーに憧れるカイロ・レンが代わりを勤めたからです。

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話をキリスト教に戻します。

キリスト教は多くの迫害を受けましたが、それを遥かに上回る悪を神の名のもとに行ってきました。

十字軍を出すまでもなく、悪行の例は枚挙のいとまがありません。

キリスト教ほど他の宗教に不寛容な宗教はありません。

【異端】を口実にどれ程の人間が殺害されたことでしょう。

キリスト教の不寛容さに比べれば、イスラム教の寛容さが際立ちます。

キリスト教が胡散臭く感じられるのはこの不寛容性を隠して、他を攻撃するからです。

自分は常に正義であり、自分たちの基準に合わない者に対しては過激な制裁を加える。

特にアメリカ人においてこの傾向が顕著です。

だから、幼稚だというのです。

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さて、いくら幼稚でも、自らの矛盾には気付く。

黒人に対する歴史が良い例です。

インディアンに対する仕打ちが良い例です。

日本に投下した原爆が良い例です。

人道に対する明確な罪を犯した。

何年経とうとも、どんな理由付けしようとも彼らの汚点は消えない。

そんな罪の意識を(自覚はないだろうけれど)キリスト教徒は抱えているのです。

そんな汚名から逃れるためには【物語】が必要なのです。

物語を馬鹿にしちゃいけません。

【神話】は自分の存在を正当化するために、どんな民族も必要なのです。

もう言わんとするところが解りましたね。

歴史の浅いアメリカは神話を必要とするのです。

その神話こそスターウォーズなのです。

スターウォーズのように、正義のジェダイでも悪に転換するのだと自らに言い聞かせたいのです。

大胆な言い方をすれば、スターウォーズは聖書を補完する役割を担っているのです。