・・・・・・・っということで、”freedom”と”liberty”は同じ「自由」でもニュアンスが違うことを知りました。
”freedom”は「人間は生まれながらに自由である」の自由であって、
”liberty”は「勝ち取った自由」なんですね。
ですから、自由の女神は”statue of liberty”でなければならないのですね。
アメリカも像を贈ったフランスも、血を流して自由=独立を勝ち取ったってぇワケです。
・・・・・・・
さて、日本はどうでしょう?
血を流したことは間違いないけれど、自由は勝ち取ったのではなく「与えられた」ことになっています。
すると、”liberty”にはもうひとつ条件が隠れていて、「勝たなければならない」のです。
負けたら、条件を満たさないのです。
安部首相を始め自民党が憲法改正に執念を燃やしています。
平和憲法は、国民に自由思想というものに目覚めさせました。
しかし、同じ憲法でも、アメリカと日本の憲法に書かれている「自由」という意味合いが全く違うのです。
そもそも戦争をする前の日本人は、自分達が不自由であるとは考えていなかったはずです。
一部の知識人を除いて、自分達が国家に抑圧されていると感じていた国民は少なかったはずです。
何に対して日本は「自由を勝ち取った」のでしょう?
憲法改正論の根幹は、実はここにあるのです。
第9条にあるのではないのです。
戦前も戦後も、日本人は自由だったのです。
戦後、日本はそれに「気付いた」のであって、決して「与えられた」自由ではないのです。