仏像に凝ってしまったカミさん | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、仏像であります。

カミさんが仏像に凝り始めました。

当初は御朱印帳を持ってのスタンプラリーだったのに。

こういう流れは自然なんでしょうね。

近頃は、京都奈良に頻繁に出掛けています。亭主を置いて。(_ _)

まさかカミさんが仏像にハマるとは・・・

歳をとったからでしょうね。(^ω^)

さて、ぼくのほうは全く興味がない訳じゃありません。

何と言うかなぁ~

それほど魅力を感じない。

何故?

辛気くさいと同時に、どれも同じに見えて、ダイナミックさに欠けるというか・・・

どうも歯切れが悪いですね。(^^ゞ

そこで、芸術という視点で考えてみることにしました。

西洋では彫刻ですよね。

仏像も彫刻で間違いないでしょう。

同じ彫刻だから、鑑賞して「美」を感じるものでなきゃならない。

当然、仏像に美を感じます。

だが、受ける美の性質が違うように感じる。

先ず、仏像は仏教に密接に繋がっていて、西洋の彫刻のような自由なヴァリエーションは少ない。

でも、キリスト教をテーマにした彫刻に限れば、比較できますよね。

そこで、超有名な彫刻を比較してみました。

弥勒菩薩とピエタです。



二つの彫刻をじっと眺めます。

比べて眺める。何度も何度も。

ぼくが感じるものは沢山ある。

それは後から後から湧いてくる。

どちらが優れているかという感情が、全く出てこないのには意外でしょ?
 
一方は木材、もう一方は大理石。

衣服の造形、顔の表情、肉体の捉え方・・・

あまりにも違いすぎる。

でも、どちらも見れば見るほど、心が揺さぶられる。

皆さんはどう感じられますか?



ちなみに、ぼくが初めてピエタを見たとき、そこにあるとは知らずにサン・ピエトロ寺院を観光していました。

目に入った途端、「ピエタだ」と自然に口から出ました。

まるで腑抜けのように立ち尽くしてしまいました。

美に打たれるとはそういうもので、あの感動は忘れられません。