桜を見る会と週刊誌化現象 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、以前の新聞は威厳を持っていた。

各社毎に多少の色の違いはあるものの、浮遊し勝ちな世論をしっかり繋ぎ止めるアンカー(錨)のような役目を果たしていた。

少なくとも、新聞各社はそういった矜持を持っていたはずである。

ところが、今はインターネットに圧され、講読者は減る一方。

取材費もままならない状況ではないかと思う。

じゃあ、TVがその役割を引き継いでいるかと思えば、少し前のことを思い出していただきたい。

TVで臆面もなく、新聞各社の新聞を広げて比較していたではないか。

流石に最近は見かけなくなくなったが、TVはそんな体たらくなのである。

引き継ぐどころか、視聴率という呪縛から永遠に逃れられないのである。

アンカーが無くなったら、浮遊するしかないのである。

いまは「浮遊する世論」の時代なのである。


さて、自然の流れとして、「キワモノ的」なニュースがはびこるようになる。

その題材を提供しているのが、【週刊誌】ではないだろうか。

ボロを出しそうなターゲットに狙いを付け、あるいはタレコミを元に取材を集中させる。

実に効率的な、経費節減の手法である。

いかにも綿密な取材のような装いをしているのが、その特徴である。

一発打ち上げれば、あとは素人のSNSが拡散してくれる。

これが現代における「世論の構造」である。

・・・・・・・

すると、国民全体が「週刊誌的」な思考回路に染まっていくのである。

当然の結果として、政治家も週刊誌的な手法を取るようになる。

今回の総理大臣主催の「桜を見る会」のゴタゴタである。

立憲ナントカ党の誰やらが、徹底的に追求すると息巻いているのを見て、体の力が抜けてヘナヘナとなってしまうぼくは変なのだろうか?

確かに安部君には、権力者に付き物の「オゴリ」がみられる。

大いに反省すべきである。

それと同時に野党の「ヤッカミ」が透けて見える。

悔しかったら政権を取って奢ってみろよ!と言いたくなる。

こんなツマラない「週刊誌的」なことでエネルギーを使うなよ!!

もっと大事なことがあるだろう。

イージス・アショアーに6,000億円も使おうとしていることに、マッタをかけろよ。

首里城の再建にいくら掛かるか分からない段階で、早々とコミットするなよ!!

大変な状況なのは沖縄県だけじゃないだろう。

国民が週刊誌的になるのは仕方ないとして、政治家も追従するとは情けないゾ。

政治家の矜持はどこへ行ったのか。


以上、典型的なジジイの憤懣表明でした。(^_^ゞ