・・・・・・・っということで、川崎市の北部にある登戸とか、宿河原とか稲田堤とか、多摩川と丘陵地帯に挟まれた一帯は、昔から梨畑でした。
ぼくが子供の頃、向ケ丘という地名の示すとおり、丘陵地帯に住んでいました。
時々、丘を下って多摩川に遊びにいきました。
坂の途中からは、見渡す限りの梨畑が眺められました。
河原に出るには梨畑を抜けなければなりません。
まるで迷路のようでした。(^^)/
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カミさんは「狩り」というのが大好きで、イチゴ狩り、みかん狩り、ブルーベリー狩り、ブドウ狩り、さくらんぼ狩りなど、狩りと付くものは何でもござれです。
当然、梨狩りも大好きで、子供たちが小さいときは、この辺りで梨狩りをしたものです。
次女はセミの脱け殻が大嫌いで、身体中に脱け殻をくっ付けて遊ぶ長女から、悲鳴を上げて逃げ回っていたものです。
そんな時代でもずいぶん梨畑農家が少なくなっていて、その中でも梨狩りが出来る所は、数えるほどでした。
このあいだ、母がショートステイしていた施設に行くとき、久しぶりにこの辺りを車で通りました。
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以前は、道路の両側に直売場とか、梨狩りののぼりや看板が並んでいたのですが、見かけたのは一ヶ所だけ。
それも、閉まっていました。
時期も過ぎたしねと、カミさんと残念がりました。
そうなんです、一帯は梨畑は姿を消して、住宅地で埋め尽くされてしまったのです。
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老人ホームに入所しているかなりの数の老人が、自分の梨畑を売却した資金を元手にしていると聞きました。
そっか、梨栽培は手間が掛かる割に収入が少ないよね。
子供はあとを継がず、みんなサラリーマンになるよね。
これだけの農地、もっと活用する方法があるよね。
かくして、親の代で梨栽培は終わりを告げ、土地は住宅地、アパート、マンション、そして親たちが入居する老人ホームに姿を変えたのでありました。
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いま、この辺りで遊ぶ子供は、ここがかつて梨の名産地だったことなど知る由もないでしょうね。