・・・・・・・っということで、「王様は裸だ」にはまだ教訓が詰まっています。
童話での「子供」の役割です。
大人たちが見えていないのに見えると言ったのは、自分がバカだと思われたくない。
集団が間違った方向に進んでいると知っても、言い出す勇気がない。
集団から仲間外れにされたくない。
集団から危害を加えられたくない。
こういう大人たちと違って、子供は見たままを言う。
見たままを言うのにバカ利口は関係ない。
大人のように心が汚れていない。
童話では大人たちはやっぱり裸だったんだ、と胸をなで下ろし王様を笑い者にしました。
しかし、現代の大人たちは違うようなのです。
子供の頭が狂っているとか、
子供のくせに大人の世界に口出しするなとか、
はたまた子供の態度が悪いとか、
仕舞いには王様自身が、自分の政敵に子供が洗脳されているんだと言い出す始末。
せっかく王様は裸だと正しいことを言ってくれる子供が現れたのに、大人たちは幻想を見続けていたいのです。
アンデルセンが現代を見たら、「何と大人げない」と嘆くでしょうね。
もうお分かりでしょう?何のことを言っているか。
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