【生まれいずる悩み】
有島武郎著
ニンテンドーDS文学全集
前回読んだ【カインの末裔】は北海道の農民の話だったが、今回は漁師版。
ここでは、作家である自分が、絵描きになりたい「彼」を回想する形を取っている。
だが、自分と彼の間は限りなくイコールである。
作家自身が持っている、芸術に対する不安を、この本で吐露していると見てよいと思われる。
その不安とは、自分の才能に対する不安である。
芸術でメシを食えるかという、正直な不安である。
ここに、この作家の限界があると思う。
本当に天賦の才があるのなら、これほどまで練った文章を書かないだろう。
確かに、心理描写や、風景の描写には才能が感じられる。
だが、文章が滑らかではない。
以前も感じたように、スラスラ出てきたのではなく、何度も時間をかけて推敲した跡が感じられるのである。
かなり想像力で補った部分が散見される。
もちろん小説なのだから、嘘八百を書いているのだが、明らかに嘘と分かる部分は、やはり興醒めである。
私が一番興醒めしたのは、漁船が転覆するくだりである。
真冬の海に放り出されれば、5分がせいぜいだろう。生きていられるのは。
さらに、転覆した船を人が片方に乗って、元通りに復元させるなんて無理である。
救命ボートくらいなら出来るかもしれないが、漁船は無理である。
その部分を、詳細に本物らしく書けば書くほど、白けてしまう。
・・・・・・っと、かなり酷評したが、芸術に対する彼の真摯な態度には好感が持てる。
少しだけ才能のある作家が、一生懸命努力して書いた、そそれに「努力賞」を差し上げよう。