【堕落論】
坂口安吾著
ちくま文庫刊
1990年6月26日発行
スッゲーの一言。
この本は、国語の試験なんかによく出てきたが、本として読んだのは初めてである。
「人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。」
そうなんですよね。
長生きすることは、堕落することと同義語ですね。
この歳になると、よく分かる。
若いときに持っていた、繊細な感受性、正直な気持ちを、歳を重ねるに従い一つ一つ鈍感にさせていく。
生きるというのは、そういう行為なんですね。
たぶん敗戦後すぐに書かれたのであろう。
それまでの、軍部、天皇、国家に対して、はじめて制限なく物が言えたという、作者の興奮を感じる。
武士道、忠義、貞節などは、人間が弱いから作った理屈だというパラドックスの指摘には、思わず頷いてしまう。
戦争中の廃墟の中で、安心や、美を感じたという感情の吐露には、驚くほど勇気が要っただろう。
そういう究極の状態を、外部から押し付けられなければ、人間は堕落することから逃れられないという指摘。
2回目の、スッゲーっである。
もし生きることが堕落というなら、「正しく堕落しましょう」と言っているのではないか。
だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら、人間とは弱いものであるから。
ということは、強くなければ正しく堕落できないということ。
なにか、分かったようで分からない言い方。
堕落したくなければ、美しいまま死ぬことさえも肯定している。
3回目の、スッゲーっである。
そして、作者自らそれを自覚しながら、「無頼派」として、強く正しく堕落する道を選んだようだ。
短い文章であるが、ギュッと詰まった、中味の濃い文章である。