【ダライ・ラマ自伝】 | so what(だから何なんだ)

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【ダライ・ラマ自伝】
ダライ・ラマ著
文春文庫
2001年6月10日発行

私は思う、

無知は恥だが、
無関心は罪悪である。

・・・・・っと。

この歳になると、人の書いたものに対しては、ちょっと眉に唾をつけて読むようになる。
特に、自伝となると、かなり斜めに構えて読むことになる。
なぜなら、彼のような立場であれば、自己の都合にいいように事実を曲げたり、読者の共感を得ようと必要以上に誇張してしまうからで

ある。
少しでもこういう匂いが、この本から感じられたら、私は彼に対して興ざめしてしまうだろう。
まあ、こんな地雷を埋めておいて読み始めたわけである。

・・・・・っで、読書感である。

上で書いたような杞憂は全く不要であった。
ゴメンナサイ。
ヒネクレ老人の戯言とお許し下さい。

・・・・・っというくらい、正直な人である。ダライ・ラマという人は。

なぜ、こんなに正直になれるのだろう。
まず、自分に対して正直なのだろう。

自分が誤解しているか、記憶が正確ではないかも知れないと、まず書く前に断っている。
謙虚である。

訳者のあとがきで、なぜ彼はこんなに正直なのかを知るヒントが出ている。
日本のチベット亡命政府の代表が、
「法王は自分の実践し、体得した事しか話されません。ですから誰にでも分かるように話す事が出来るのです。」
と言っている。
まさに、この本を読んで感じた事である。

なぜ、彼のような境遇に置かれながら、彼ほど明るく、ユーモアを持ち続けられるのだろう。
やはり宗教の力なのだろうか?
仏教の持つ特質なのだろうか?

そうかも知れない。
だが、彼の性格が大きいと思う。

やんちゃで、楽天的、好奇心の塊が彼の本質であろう。

観音菩薩の生まれ変わりであるという。
このような国民の信望を一心に集められる資質を、田舎の寒村に生まれた5歳の子供に、どうやって見出したのであろう。
天のお告げだという。
本当に不思議だ。

その後の修行がそうさせたのか。
生まれつき持っていた資質なのか。

最初に、無知は恥だと書いた。
私が持っていたチベットの知識は、高山にはためく旗。
「7 Years in Tibet」という映画くらいしかない。
あまり上出来な映画ではなかったが、チベット軍が中国軍に粉砕される場面が最後に取って付けたように出て来る。
この本を読んで、中国があのときしたこと(まさしくジェノサイド【genocide】であった)が分かった。
そして今も続いている事に戦慄を覚える。
本当に、私の無知を恥じる。

そして中国でのオリンピックである。
この騒ぎで、ようやくこの本を手に取ったという次第である。

突拍子もないかもしれないが、中国の女性報道官(櫻井 よしこみたいな人)、北朝鮮の女性アナウンサーと似ていませんか?
今回の、一連の聖火リレー妨害の報道、ダライ・ラマに対する一方的な決めつけ。
彼女の話しっぷりを見て、中国と、北朝鮮は本質は同じだと思うのは、私だけだろうか?

ああ、書きたいことは山ほどある。

一つだけ、書きましょう。

もし、日本が中国なり、ロシアに侵略され、外国に日本の亡命政府を樹立したことを想像してみよう。
そのとき、誰を代表に立てるのだろう?
福田総理?
ノー、ノー・・・・・。
ダライ・ラマのように、国民の人望を一心に集めるだけの人格を持った人。
日本にいます?
やはりそれは天皇だと思うが。
そう思いません?

じゃあ次に、日本から多くの難民が海外に脱出したとする。
国内は侵略者により略奪され、日本国民は日本語の教育を受けられないとする。チベットのように。
日本に侵略者は大挙して移住してくる。チベットのように。
ちょっとした言動で逮捕、投獄、拷問を受け、自由にものが言えなくなるとする。チベットのように。
侵略者は日本の文化を外国に叩き売り、自然は破壊され、核廃棄場にされる。チベットのように。

そのとき、日本人としてのアイデンティティー【identity】はどうやって守るのだろうか。
そもそも、守るべき日本のアイデンティティー とは何なのだろうか。

本当にいろいろな事を考えさせられた。

無関心は罪悪である。

どうか、皆さんもこの本を読んでください。お願いします。