【教師格差】 | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
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【教師格差】
尾木直樹著
角川oneテーマ21発行
2007年6月10日刊

教育は重要なテーマであることは、誰にも異存は無いであろう。
教育するからには、どういう人間に育てるか、目的を明確に持っている必要がある。
アタリマエだろう。
筆者は、今の教育には明確なビジョンが無いという。
しかし、日本は明確なビジョンを示すことで、痛い目に遭った歴史を持つではないか。
独裁国や、宗教で統一しようとしている国では、こんな問題は顕在化しないであろう。
そんな国では、教師家業は楽なもんだ。

いま日本の最前線で教育に従事している教員は、心も体もボロボロだという。
さまざまなノルマを課せられ、時間に追われているという。
上から押さえられ、子供からは反発され、親からは無理難題を押し付けられ、教科を教えることも、子供の人間形成を助長することもままならないという。
しかも、同僚との結びつきが希薄で、一人で問題を抱え込まなければならないという。

筆者は子供を中心に考え、政府や教育委員会からの干渉を排除し、教育現場を知っている者の手に、教育改革のイニシアチブを取り戻さなければならないと主張する。

問題は、教育が国の方針とは不可分なことである。
いくら、教育は聖域だと言っても、それは無理な話なのである。
国が、そんな大事なことを、教師だけに任せるはずが無い。

じゃあ、国はビジョンを持っているかというと、何も無い。
ただ、教育のプロである教育者が頼りないことだけは分かる。
だから、当然の権利として教育に口出しする。

今の教師は頼りない。
だから、国にも、子供にも、親にもつけ込まれるのだ。

じゃあ、教師だけが駄目なのか。
国も駄目、子供も駄目、親も駄目なのは分かっている。
分かりきっている。
だが、教師が一番弱い立場だから、集中的にやっつけられているだけだ。

教育が教師の聖域だと言うなら、もうチョットしっかりしろよ。
教育のプロに問題解決のイニシアチブを取らせろというなら、自分たちで解決するのがスジではないか。
学校を出てそのまま教師になるから、社会的な経験を身に付けるチャンスが無いことも自覚している。
そんなこと、言い訳になるか。
会社に勤めた経験が無いから、社会的常識を身につけられないなんて、逃げ口上にしか過ぎない。

・・・・・・っと、一方的に教師を責めているようだが、本気で責めているわけではない。

常識的に考えて、一人の子供を教育するのに学校だけで出来るなどと考えていない。
子供は、社会全体で育てるのである。
社会とは、親も、ご近所も、見知らぬ大人も、マスコミも、皆~んな含めてである。

もう、教師たちが白旗を揚げていると思わなければならない。
それなら、社会的なイジメは止めて、みんなで教師を助けてやろうじゃないか。
教師も、負けを認めろよ。
生徒も、教師も自殺する教育現場なんて、異常だ。
異常すぎる。

昨日、電車に乗った。
7人掛けの席に男が4人。女が3人。
4人の男全て、マンガを読んでいる。
それも、大の大人がである。

この光景を見て、まず恥かしいと思わなければならない。
そういった感覚を全員が持つことから始めなければ、教育など論ずる出発点にも至らない。