女もすなるブログというもの・・・・ | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、フィットネスクラブに関するブログを閉めて、こちらのブログに本腰を入れることにしたのだが、以前の読者の何人かがこちらにもリンクを張ってくれているようだ。
本当にウレシー。
正直ウレシー。
心底ウレシー。
こちらは制限なしに、自由にやるつもりだが、フィットネスネタも時折混ぜることにしよう。


・・・・・・っで、日記(ブログ)を書くようになって9ヶ月が過ぎようとしているのですが、心の片隅に何か「怖い」という感覚を持っている。
こんな感じを持っている人は、自分だけかも知れない。
それは「日記=死」を連想するからです。
なにかヤブからボーですよね。

自分が中学生の頃だったと思う。
日記を付けるとそれが「遺書」になるのではないかという恐れを持っていた。
自分が日記を書き始めると、死んでしまうのではないかと・・・・・・。

自分で言うから間違いのないことなのですが、私は変な人間です。
歳取った今は別の意味で変なのですが、子供の頃はもっとピュアーな意味での変な人間だったのです。
かなりの歳になるまで、自分は33歳以上は生きられないと信じていました。

それがどうしたことか、その倍近くの歳になってしまった。
その理由は、よく分かっています。
自分の本当の部分を、少しずつ切り捨てていったからです。
この世で長生きするためには、汚れなければならない。
ピュアーなままでは、世の中には受け入れられない。
大いなる無神経人間にならなければ、とても生きていけない。

もし、若い頃の自分をかたくなに守っていたら、本当に私は33歳を超えることは出来なかったでしょう。

今思い返しても、若い頃に持っていた日記に対する恐れは、正しかったと思う。
そういう感覚を持っていた自分がうらやましいとさえ思える。

そして、いまブログという形に変えて、日記をつけている自分がいる。
もう人生の山をとっくに越え、死について恐れる必要のない、平凡な人間になってしまった自分。

分かっています。
なぜ人間は日記を書こうとするのか。
それは、「生きた証(あかし)」を残そうとする人間の本能からなのです。

・・・・・・っということで、朝からチョー湿っぽい話題になってしまいましたが、この話題をもう一回続けます。