【気で読む中国思想】 | so what(だから何なんだ)

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【気で読む中国思想】
池上正治著
講談社現代新書
1995年3月20日刊

言っちゃなんだが、私は結構な太極拳の使い手である。
太極拳については一家言を持っている。
特に老子には造詣が深い。
.....ナーンテ言っているが、ほんのちょっとかじっただけだ。

だが、太極拳を習ってみて、中国のものの考え方(思想と言っちゃ大げさだ)に興味を持った。
例の太極図は中国人の宇宙観を表していて非常に面白い。
キリスト教の天地創造でも、始めに光ありって神様が天地を分け、7日間でこの世界を作ったとなっているが、その前の世界は無だったのでしょうね。
ビッグバンの前の世界は、やはり無だったのでしょう。
老子も道(タオ)は一を生じ、一は二を生じ....三は万物を生じるといっている。
何か、人間の考えることって、似てますな。

最近は科学も進んで、真空も限りなく真空に近い状態を作れるらしい。
真空ってぇことは、何もない状態だ。だが、何もないはずのところに電子(だったかな?)をぶつけると何かが飛び出してくる。
無という状態は、そこには何もないのではなく、実は「無」で一杯の状態なのだ......??っという様なことが書いてある本を読んだことがある。
何か禅問答のようでよく分からん。
だが、ゼロ(無)=無限という関係式が成り立つのではということを、洋の東西、過去現在を問わず薄々感じているようなところがないかな。

太極拳の動きをよく観察してみると、そのゼロ(無)を自然界から取り出して、自分の体の中(臍下丹田というところ)に入れ、陰と陽に分けることによって武術のパワーに変換するといった動作がかなりの部分を占めている。

気功でも中心は、気の流れだ。頭の先端から気を取り込む.....なんて変なこと言われても、案外素直に納得(体感)できるものだ。

まあこんなことを日ごろ漠然と思っていて、多少は「気」についての回答が得られるのではないかと、この本を手に取ったわけだ。

だが、この本はハズレだ。
著者は「気」について何冊も本を書いており、「気」の大家らしいが、この本で何を書きたかったのか、全く分からない。
単に、自分の持っている中国についての知識を披瀝したいがために書いたとしか思われない。
そんなもの、他人が読んで面白いと思うか?
一応、中国思想史の流れの中における、「気」の変遷をテーマにしているが、内容の焦点は「気」からズレっぱなしだ。
思い出したように、「気」を取って付けている。

この本が失敗した理由は次の2点だろう。(あえて失敗と言い切ってしまおう。)
1)古代から現代まで、中国4000年(?)の歴史をざっと辿るだけでも大変なのに、それを新書の形態に納め、尚且つテーマを深めようという魂胆がそもそもの間違いであろう。
2)「気」そのものが(著者自身にも)分かっていない。分からないものを思想史の中心に据えようとしても、ソリャ無理というものだ。途中、「心」が「気」の上位に立つ説とか、イヤイヤやはり「気」がおおもとだという説に戻ったなど、そんなものに興味はわかない。
読者は「気」をもう少し掘り下げて欲しいのだ。
まあ無理でしょう。感覚としての「気」はよく理解できるが、それを科学的に説明する方法はないのだから。
だから、「気」だなんていうことをムキに説明しようとする人間に対しては、ちょっと眉に唾をつけて聞かなくてはならない。
著者の顔写真が載っているが、彼の風貌も私にとってはマイナス点だ。可哀そうだが、インチキオジサンの顔だ。
他の著書は面白いのかもしれないが、私はパスだ。もう読む気がしない。

それより、別の意味で面白さを感じた。
それは、中国で宗教が根付かなかったことだ。
儒教とか、道教とかがあるじゃないかといわれるかも知れないが、あれは宗教ではない。(.......っと、これまた言い切ってしまおう。)
なぜなら、死後の世界を扱っていないからだ。
一般ピープルにとって、死んだ後の世界が無だなんて信じたくない。じゃあ何で生きる意味があるのか?っという素朴かつ、切実な問いに答えるのが宗教の役割だからだ。死んだ後は、天国に行きたい、地獄は真っ平だ。だから、現世を正しく生きますってぇことで、神様と取引が完了するのだ。

中国にあるのは、宗教でなく、思想だ。あくまで、人間中心だ。
だから絶対的な神は存在しない。
強いて神に近いものがあるとして、仙人だ。
仙人はあくまで人間が進化したもので、神ではない。
中国人の仙人になりたいという情熱は、我々の想像を超える。
中国映画のワイヤーアクションを見れば良くそれが分かる。
中国人にとって大切なのは、死後の世界ではなく、仙人になることによって永遠の命を得る方だ。
老子も、仙人になって神格化されているはずだ。(誰も仙人になったとは言っていないと思うが。)
超越した存在として「神」を持ってくるより、「自然」を持ってきたほうが中国人にはしっくりするし、私もそちらの感覚に同調する。
こういった切り口から、「気」に関する本を誰か書いてくれないかな?