・・・・・・・っということで、社会とは何かを調べると・・・
【継続的な意思疎通と相互行為が行われ、かつそれらがある程度の度合いで秩序化、組織化された、ある一定の人間の集合があれば、それは社会であると考えることができる。】
ナンか範囲が広い言葉ですね。
【19世紀半ばまでの日本語には「社会」という単語はなく、「世間」や「浮き世」などの概念しかなかった。】
・・・っということは、江戸時代の終わりまで社会という集合の単位が不要だったのは、人口の流動性が低かったからでしょう。
社会を英語でソサエティー(society )。
ぼくが言う「日本の社会が壊れた」とは、ちょっとニュアンスが異なります。
同じ社会でも、地域社会、即ちコミュニティー(community)の方です。
ですから、江戸時代の世間の方がずっと近い。
では、社会の機能とは何でしょう?
様々な機能の中に「人間を育てる」という機能があるはずです。
それは、社会を構成、維持していくためには社会に適合、貢献できる人間を育てる必要があるからです。
ぼくが言うように、もし、日本の社会が壊れたなら、人を社会が育てる機能が失われたはずです。
もちろん、人を育てるのは社会ばかりではありません。
(ジジババと両親のいる)家庭→地域社会→学校の三位一体であるはずです。
ところが、核家族化が進み家庭が壊れ、流動化によって地域社会が壊れ、そして、頼みの綱であった学校がlれたのです。
これがニッポンの姿なのです。
さらに怖いことに、この実態に気付いている人は、ほとんどいないのです。
気付いていない証拠に、川崎市の登戸で起きた殺傷事件の根本的原因を解説できる専門家が居ないじゃないですか。
・・・つづく。