箕輪城址 | so what(だから何なんだ)

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68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、今回の関東平野周辺の城跡シリーズの最終回は箕輪城址です。

2日で6ヶ所回ったことになります。

↓ご覧のとおり、榛名山の麓にあり、北の越中からの侵攻、西の甲州からの侵攻の二つに睨みを利かせています。


丘陵の麓にありますが、高くそびえていることはなく、低く盛った感じです。

川を巧みに利用して水堀とし、土類を上手く組み合わせて、低さの不利を補っています。↓



本丸跡は相当広く、縁を土塁で囲んでいます。

こういう形式は珍しいですね。


さらに奥には御前曲輪という指揮所がありました。↓


ここで城主であった長野業盛が自刃しています。↓


井戸からは多数の遺品が出てきたそうです。↓

悲しいね。


土塁で囲っているだけだから、簡単に登れると思ったら、大間違い。

周囲は絶壁で囲まれています。↓


空堀は橋が架かっています。↓



当初は地元の長野氏が統治していて、上杉と同盟を結んでいたそうです。

武田が攻め落とし、その後は甲州勢でしたが、織田や、小田原の北条氏が加わって攻防がありました。

最後はやはり小田原攻めのとき、前田と上杉に占領され、江戸時代には一時期、伊井直政が城主になりました。

以上、関東城廻はここで打ち止め。(^^)/