自分探し(その5/最終回) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、次に「電脳」というテーマに続こう考えていたのですが、飛ばして結論にいきます。

ぼくの(今のところの)結論は、【自分とは、脳が作り上げたバーチャルなものに過ぎない】です。

自分なんてイルージョン、実態のないものです。

だから、自分探ししても見つからないのです。

自分を定義しようとしても出来ないでしょ?

それは絶えず変化するからです。

怒る自分と沈着冷静な自分がありますが、どちらが自分ですか?

どちらも自分ですね。

自分なんてデタラメなのです。

定義できっこないじゃないですか。

それより、あることを考えたり、判断したり、感動したり、悲しんだりする自分の後ろに誰かの存在を感じませんか?

自分というものがあるとすれば、それが自分じゃないですか?

状況によって絶えず変化する自分の裏にいるもう一人の自分。

・・・えっ?そんなもの感じたことないって?

ホント?

・・・・・・・

仏教の行の一つに座禅があります。

道元はこう言っています。

仏道をならうというは、自己をならうなり。
自己をならうというは、自己をわするるなり。
自己をわするるというは、万法に証せらるるなり。
万法に証せらるるというは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。
(正法眼蔵より)

超有名な言葉ですが、自分探しは自分を捨て去ることだと言っていませんか?

自分なんてものは言葉にすぎません。

脳が便宜的に作り上げた実態のない、従って、これが自分だなんてものはありません。

じゃあ、自分というバーチャルなものは何なのだ?

「無」です。

仏陀がそう言っています。

名付けようがないのです。

ありゃ!仏教の話になってきたぞ・・・と感じるでしょ?

しゃぁーないけど、自分とはを考えると、そうなっちゃうんです。

・・・・・・・

自分とはバーチャルなものだと分かると気が楽になりませんか?

じゃあ、何で人間は「自分」というバーチャルなものを作る必要があるんでしょうか?

それは、人間だからなのです。

人間は人間社会の中で生きていくには、「自分」というものが(とりあえず?)必要だからなのです。

動物を考えてみてください。

動物が自分という概念を持っているはずがありません。

何故なら、彼らは言葉を持っていないからです。

ですから、動物たちは気楽に生きているのです。

人間だけが自分探しなんて馬鹿げたことをするのです。


以上、このシリーズ終わり。

自分で言うのもナンですが、結構ディープなところまで到達していると思いますよ。(^^)/