ぼくの道元(その1) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、道元(1200-53)の言葉。

【たき木、はひとなる、さらにかへりてたき木となるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり。前後ありといへども、前後際断せり。灰は灰の法位にありて、のちありさきあり。

かのたき木、はひとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごとく、人のしぬるのち、さらに生とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり。このゆゑに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり。このゆゑに不滅といふ。

生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとへば、冬と春のごとし。冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。】

『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』の中の、(超)有名な言葉だそうです。

これを前後際断(ぜんごさいだん)というのだそうです。

難しいね。

道元といえば、曹洞宗。

曹洞宗といえば、永平寺。

永平寺に行く前は、こんなことも知らずにノコノコと出掛けていったのですね。

恥ずかしい。

旅行の意味は、文字などの情報を頭の中でより具現化出来ることでしょう。

「芋づる式」に次から次に興味が湧いてきます。

ですから、ぼくのように知らないで行くことも大切なのです。

この道元の言葉も、永平寺に行くと行かないでは全然感じ方が違う。

だからといって、彼の教えがスラスラ分かるっていう意味じゃないですよ。

難しくて分からんことには何ら変わりない。(;^_^A

オット、長くなったのでこのあとは・・・つづく。