悟り | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、悟りについて。

悟りを開くために、想像を絶する苦行を膨大な時間をかけて行う。

多くの修行僧がチャレンジするけれど、悟りを開く者は稀である。

首尾よく悟りを開いても、それを説明する言葉が無いらしい。

しいて一言で表すと【色即是空】となるらしい。

言われたってサッパリ分からない。

分からないなら、分かりやすく説明した【般若心経】を読めという。

悟った高僧と、悟りかけている僧との対話録なのだが、読んでも分からない。

分からなくても良いから「写経」しろという。

写経を続けていると、そのうちになぁ~~~んとなく分かるようになるという。

しかし、殆どの凡人には悟りを開くことは無理である。


そこで考える。

悟りを開いたって死ぬ。

開かなくたって死ぬ。

同じ死ぬなら、悟りを開こうが開くまいが同じじゃないかとなる。

だから、悟りを開きたい人は勝手に努力して頂戴。

ぼくらは托鉢するから、そういう努力する人、即ち僧に任せます。

僧を拝むことにより、悟りの分け前を頂戴する。

平たく言えば、仏教はこのような仕組みで出来ている。


そうはいっても、悟りとはどのような境地なのか、知りたくて知りたくて。

悟った先にあるものも考えず、

ただただ麻薬を欲しがるように。