・・・・・・・っということで、すべての仮面を脱ぎ去ったコアにあるもの、すなわち本当の自分とは何かを考えているのはぼくだけじゃない。
かつて読んだ本に「素面」という言葉が出ていた。
「しらふ」と読むのではなく、「すめん」と読む。
剣道や能で面を被らないことをいう。
「本心」という言葉もある。
人には誰もが生まれながらに持った「気質」というものがある。
ぼくは、この気質というものが心のコアになるものの正体のような気がする。
気質とはなんだろう?
ウィキペディアによると:
【気質とは、人間や哺乳類などの動物の集団が先天的にもっている刺激などに反応する行動特性である。
性格と同一視されやすいが、性格は気質から作られる各個体の行動や意欲の傾向である。】とある。
自分の正体はオリジナルだと誰もが思っている。
自分は自分だと。
しかし、良く考えてみると、自分だという個体は様々なアイデンティティーの元に成り立っていることが分かる。
ぼくは、一人の人間である前に、アジア人であり、黄色人種であり、日本人である。
ぼくという人間が日本ではなくヨーロッパで生まれたとしたら、このぼくとは絶対同じではないはずである。
気質が違うからだ。
ぼくというオリジナル性は、性格が決定するものではなく、気質によるものだとなる。
すると、気質は何によって決定されるかというと、遺伝子と考えるのが順当だろう。
人間行動遺伝学なるものがあって、さかんに研究されているという。
なぁ~んだ、本当の自分とは何かと、らっきょうの皮を剥くように心の仮面を脱いでいったら、そこには哲学ではなく、遺伝学に辿り着くのである。
ツマラン。_ノ乙(、ン、)_