・・・・・・・っということで、山を歩きながら考えた。
自分は何のために生まれたんだろうと。
これは普遍的な設問で、誰しもが一生のうち必ず問いかけることだろう。
ぼくは考えた、人生は荷を背負って山を登るようだと。
ならば、目的は頂上だろう。
人生の頂上とは何だろうと。
頂上に何があるというのか。
誰もが山頂を目指すが、山頂で長居する人は希だ。
ましてや住み着くなんか考えられない。
ある人は幸福だといった。
みんな幸福を目標に生きているのだと。
しかし、幸福の先には何もないのか?
幸福になってどうしたいか、疑問を持たないのだろうか?
すると、幸福を求める行為自体が目的になっていることに気付く。
生きたいから生きるのである。
手段が目的になっているのである。
・・・・・・・・
こうやって汗をかきながら坂道を上がっている。
これ自体が登山の目的なのだ。
決して頂上に立つことではない。
登山の本質はここにあるのだ。
人生の目的は生きる行為そのものなんだ。
・・・っと、そこまで考えたが、腑に落ちない。
山を歩きながら考えた。