・・・・・・・っということで、日本における会議の役割は、責任の存在を不明瞭にするためである。
普通は、会議に参加していた各自が等しく責任を持つことになっている。
しかし、会議の決定事項が間違っていたとき、参加者は必ずこう言い訳をする。
「本当は反対だった」と。
反対の立場だったとしても、「一応反対意見は言いましたからね」などという。
最終的に、賛成を投じておきながらである。
同じ流れにあるのが、有識者会議なるものだ。
どうして、こうも日本人は責任を負うことから逃げ回るのだろうか。
昔の武士は、命を掛けていた。
自ら責任を取って腹を切っていたではないか。
とても同じ日本人とは思えないのである。