・・・・・・・っということで、自然は美しい。
なぜ美しいのかと考えてみる。
それは「調和」が取れているからだと気付く。
形の調和はもちろんのこと、色彩や音までも調和が取れている。
なぜなんだろうかと考える。
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例えば、山のかたち。
誕生したときは荒々しくて、バランスが取れていない。
しかし、時が経つうちに雨水や川によって徐々に削られ形が整えられていく。
長い長い時間がかかるけれど、最初から作る形をイメージしていたかのように、最後には他の地形とも調和してしまう。
さらに山肌は木々で覆われる。
春には新緑、夏には深緑、秋には紅葉、そして冬には雪化粧だ。
どの時間を切り取っても、美しく調和している。
例えば、木々のかたちである。
種から芽が伸び成長していく。
勝手気ままに枝が伸びているようだけれど、ちゃんとバランスを取りながら空に向かう。
しかも、どの木々も個性的で同じものは一つとしてない。
違う種類同士だって、お互いの調和を無視していない。
空は青い、雲は白い、虹は七色、海は碧い、波は白い、それぞれは無限のグラデーションを保ちながら調和している。
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調和を壊すのはいつも人間だ。
山を削り、木々を切り倒し、勝手な色で塗りたくる。
人間が作ったものはどれも不細工だ。
芸術だと称して威張っていても、それは自然には敵わない。
どれも稚拙な自然のコピーにしか過ぎない。
人間は偉大な芸術の中に立っているのに、それを片っ端から破壊する。
自分たちが自然のバランスを崩しておきながら、自然災害だとうそぶいている。
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いままさに、ポーランドでCOP24が開催されている。
アメリカで大規模な山火事、竜巻、巨大ハリケーンが次々と発生している。
日本でも災害級の猛暑の夏を経験し、木枯らしが吹かない暖かい師走を迎えている。
ヴェネツィアでは水位が上昇して、世界遺産が水没しかかっている。
太平洋の島々では、国家消滅の危機に瀕している。
そんなことにお構いなく、気候変動は人間の仕業じゃないと、誰かさんは目先の利益を優先している。
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それでも、自然はゆっくり時間をかけて調和を取り戻すだろう。
勝負は最初から決まっているのだ。
たかが5万年生きた生物の知恵など、たかが知れているのである。