(カルロス・ゴーンのニュースにもうウンザリ。)

宮本三郎記念美術館。
自由が丘駅から歩ける距離です。
宮本三郎who?ですよね。
65歳以上100円なりの入館料を払って、展示室のある2階へ。
じつに小じんまりした小さな施設です。
入館者はぼく一人だけ。独り占めです。(^^)/
1905年から1974年まで生きた画家です。
どんな作風?
30歳の頃の裸婦です。↓
解説文には、彼の絵には奥行きが殆どなく、背景と一体化していて平面的であるので装飾性を狙っていると書いてありました。
確かにそうですね。
作品はデッサンもしっかりしていて、可もなく不可もなく、大正時代の真面目さが出た「教科書的」な印象ですね。
ぼくが良いと感じた絵の二枚です。↓
農夫を描いていますが、人間と小物の間に差別はなく、一体化しています。
戦争中は藤田嗣治のように戦争画も多く手掛けています。
婦人月刊誌の表紙や挿絵も沢山描いていて、いわゆるソツのない油絵を量産しています。
画家というものは誰でも、自分のオリジナル性(型?)を確立するのに苦闘するものです。
↓これなんか明らかにエル・グレコの影響を受けていますよね。
結局行き着いたのが、人物の膚の表現。
↓最晩年の作です。
ブルーの使い方が実に上手く、皮膚の下の静脈を感じさせます。
周囲に人形が沢山並べられているんですが、注意深く見ないと気付かない。
やはり、人物は周囲と溶け込んで一体化しています。
しかし、この画家のどの作品を見ても「オシイ」という印象が付きまといます。
よく描けていて完成度が高いんですが、何かが欠けているんです。
例えば、このビーナスの誕生という絵。↓

貝が笑っちゃうほど小さすぎてアンバランスでしょ。
それにモデルが丸顔過ぎる。
これも60歳過ぎての作品だけど、モデルは鰐淵晴子。↓
アップで撮ったけど、瞳の描きかたが細密。(写真では飛んじゃっているけど)
1時間ほど椅子に座って考えたんですけど、何かが欠けているか気付いてしまったんです。
それは描く人物に対する「愛」というか「好奇心」が欠けているんです。
ゴッホの絵を思い浮かべてください。
描いた人物に対する愛、いとおしさ、好奇心が伝わってくるでしょ?
宮本の絵はあくまで相手は「対象」にしか過ぎない。
彼の描く風景からも何故その自然に打たれたのか、伝わってこない。
彼の興味はただ一点、絵画として成り立つかだけです。
それが悪いと言っているのではありません。
彼の絵が「装飾的」だと言われる所以でしょう。










