・・・・・・・っということで、朝鮮の人々は気の毒であります。
海上自衛隊の海軍旗である旭日旗は植民地時代を思い出すから掲げないでくれという。
同じく、慰安婦の屈辱を千年後でも忘れないという。
ついでながら強制的に徴用された韓国人の苦労も忘れたくないという。
誠に可哀想な歴史を背負った民族であります。
同情の念を禁じ得ません。
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歴史をどう捉えるか、人によって様々です。
朝鮮の人も、中国の人も歴史の面白さを知っているでしょう。
ただ、膨大な歴史から何を学ぶかは人それぞれです。
歴史を学ぶ人に求められる態度には共通の不文律があります。
それは、客観的な態度で望むということです。
それでも、客観的という基準は、人によって、民族によって変わるのは致し方ないのです。
大事なのは、客観的であろうとする意思の有無です。
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同じ歴史を前にして、その中からマイナス面を好んで取り上げるか、逆にプラス面を積極的に取るか、両方のバランスをとるのはじつに難しいことです。
ぼくから見る限り、朝鮮人はあまりにもマイナス面に囚われ過ぎているように見えるのです。
自分達を常に被害者と定義するのです。
その立場から眺める歴史感は歪んだものだということにお気付きになっていない。
自分達を被害者と世界に認識してもらって、何が得られるというのでしょう?
同情ですか?
賠償金ですか?
謝罪ですか?
けっして、そんな屈辱的なものを朝鮮人が求めているとは思えませんし、満足するはずがありません。
例え得られたとして、民族としての誇りが回復されるんですか?
新たなマイナスを見つけ続けるだけでしょう?
歴史からマイナス面しか汲み取れないのは実に気の毒なことです。
そして、日本人。
プラス面に対しても、マイナス面に対しても、あまりにも無関心。