・・・・・・・っということで、神についての雑感。
まず断っておきますが、ぼくは神を否定しません。
居ても居なくてもどちらでもいいという立場です。
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先ず、神に対するイメージは何でしょう?
全能である?万物の創造主である?常に正しい?
皆さんも、神のイメージを考えてみてください。
大雑把に言えることは、人間を超越する存在ですかね。
それは、人間じゃ理解できない、人間には成し得ない、人間には力が及ばない、そういった存在があれば仕方なく納得するとか、諦めがつきますからね。
さらに進んで、考えても解らないものは考えるだけ無駄なので、時間を有効に使えるというものかもね。
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全能の神かぁ。
じゃあ、全能の神でもどうにもならないものは何かを考えてみます。
それは「死」じゃないかとぼくは思うんです。
どんなにあがいても、生あるものは死から逃れられない。
えっ?死そのものも神がコントロールしてるって?
人間の寿命を決めるのも神様だって?
そうだとしたら、死の間際に神に祈っても無駄じゃん。
神の意味ないじゃん。
結局は死を与えると最初から決めているんですから。
死は誰にも左右されないから死なんであって、神でさえどうにもならないもの、それが死の本質じゃないですか。
ここで、神様はちゃんと「死後の世界」までご用意されていますと主張するのが宗教ってもんでしょ?
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死後の世界かぁ。
それを持ち出すのは無責任とぼくは言いたい。
死後の世界から戻ってきた人は誰一人いません。
いや、臨死体験、生体離脱した人がいるじゃないかと主張するかも知れませんが、それは死んでいない証拠でしょ?
キリストが唯一の例外ですか?
死後の世界を確かめもせずに、死後の世界を説くのは無責任と言わざるを得ません。
信じるのは勝手です。
しかし、それを他人に説くのは無責任だと認識すべきです。
無責任どころか、罪でさえあります。
だって、死後の世界を信じることは現世を軽んじることに気付いていないからです。
死後の世界を信じたばかりに無駄に命を絶つ人、他人を巻き添えにする人、心中する人に対して責任を感じないのでしょうか。
この世で結ばれなかった二人があの世で結ばれるはずがないじゃないですか。
死後の世界なんて無い、在るのは今しかないと説く方が責任のある態度じゃないですか?
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ノーベル賞を受賞した本庶さんは「自分で確かめたこと以外はすべて疑え」という信念を持っておられるようです。
彼が無神論者であることをぼくは確信していますね。(^ω^)