扇風機を体に向けっぱなしで寝るのは良くないと分かっているのですが、そうしていても枕に敷いているバスタオルがぐっしょり濡れるくらい、汗をかいていました。
はやく涼しくならないかな。
・・・・・・・
さて、お抱え運転手の今日のお仕事はマダムを寺ヨガに送り届けること。
いちいち帰って迎えに来るのが面倒なので、いまお寺の駐車場でマダムのお帰りを待っているところです。
あと、1時間か・・・。
・・・・・・・
そのあと、残っていたアパートの庭の雑草取りを完成させること。
レンジ回りの汚れた壁に新しくステンレスシートを貼ること。
これが済めば、1室ようやく他人に貸せる状態になるので、鍵を不動産屋に預けて募集を開始してもらえます。
もう一部屋は、壁を塗り替えるか思案中です。
現状で借りてくれる人が居ないかな?
すぐ雑草だらけになる庭が悩みの種なんですが、自分に庭いじりの趣味があったなら幸せなんでしょうがね。
・・・・・・・
人間の気持ちって、必ず迷いがありますよね。
心に迷いがない人なんか、聖人以外にいないでしょう。
誰だって、心に108つの煩悩があるっていうくらいですからね。
キリスト教によると7つの大罪があるようですが、仏教にも同様の考えがあるんですね。
- 渇望・欲望
- 悪意・憎しみ
- 我執
- 誤った戒律・禁制への執着
- 疑い
ちなみにキリスト教のほうは、
1)傲慢
2)嫉妬
3)憤怒
4)怠惰
5)強欲
6)暴食
7)色欲
だそうです。
いくらヒマといってもいちいち比較する気が起こりません。(^_^ゞ
いずれにせよ心に迷いがあるから生じる負の感情でしょう。(かなり大雑把だな。)
そもそも心なんて弱いものだから、「分かっちゃいるけど止められない」となっちゃうのが困るんですね。
修行僧たちは、心の迷いを断ち切るために修行するんですよね。
修道士も同じか?
そして首尾よく断ち切れた状態が【悟り】を開いたというんでしょうね。
でもサ、悟りを開いて(得て?)何になるの?
邪念を全て捨てきられたとして何が得られるの?
その人は幸せになれるの?
そりゃぁ心が迷わなければ、楽だわな。
死に対する恐怖もなくなり、我々は何処から来たのか、自分は何者かなんていう無駄な問いかけもしなくなるんですもんね。
結局は心が原点に戻っただけでしょ?
その原点から先には一歩も進んでいない。
さんざん迷ったあげく、スタート地点に戻っただけと言えないかな?
何ともご苦労なことですね。
・・・・・・・
ってなことを考えていたら、マダムのヨガが終わる時間になりました。
(^_^ゞ