・・・・・・・っということで、京都に限らず観光の名所って、お金持ちが造った物が殆どですよね。
金持ちが自分のために巨額な資金を投入して。
一般市民のためにという発想がない。
例えば宇治の平等院。
貴族たちだけの極楽浄土だったのでしょう?
一般市民にも解放していたのでしょうか。
金閣寺、銀閣寺とそれに付属する庭園など、裕福な人たちが独占していたのでしょう?
イヤイヤ、寺院は一般の人にも解放され、宗教の力で救いを与えていたじゃないかと言われるでしょう。
でも、あれだけの巨大な寺院を建てるのだから、僧侶は相当なお金持ちだったに違いありません。
自分達の虚栄のために競いあって建てたと言えば言い過ぎだろうか。
富める者はより裕福に、貧しい者との格差は開くばかり。
日本に限らず、世界中の歴史的建造物は権力者が財力にものをいわせ、造ったもの。
その裏にある詐取されるばかりの貧しい人々は、忘れ去られている。
一般人が暮らした粗末な建物なんか、歴史の経過に耐えられるはずもなく、芸術的にも考古学的にも価値がなく、観光の対象になり得ない。
ぼくらはこうやって各地を観光し、歴史的建造物に押し寄せ、驚嘆するけれど、なんのことはない、贅沢三昧で暮らしていた成金たちのお陰だったんですよね。
すると、役にも立たない代物に巨額の金をつぎ込むって、将来の歴史好きの人たちに良いお土産を残すという意味では、大切なことなんですね。
(;^_^A