汗だくではナンか雰囲気が出ません。(^_^ゞ
比叡山の全体像は掴めていませんが、ロープウェイから見る限り、人を寄せ付けない険しい山でした。
高野山も同じで、修行の場としてはこういう環境でなければ邪念を取り除けないのでしょうね。
苔が覆っていて良い雰囲気でしょう?
大津が見えます。↓
さて、比叡山延暦寺のまとめです。
様々な行き方があるようですが、クルマがオススメです。
主要な見所の徒歩圏内には大きな駐車場が近くにあり、しかも無料です。
こんな所にまで自動車道を作るのかと賛否両論があるとは思いますが、出来ちゃったものは使わなきゃ。
かつて人を寄せ付けない霊場も、今では観光客welcomeです。
永平寺と違って、修行僧は一人も見かけませんでした。
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比叡山といえば織田信長の焼き討ちですね。
切り立った山肌を覆いつくす杉林を眺めながら暫し瞑想に耽ります。
すると険しい山道を、武具をガチャガチャさせながら攻め上ってくる武士たちが見えます。
手に手に松明を持っています。
これだけ険しいと、山裾から火を放てば山頂に向かって一気に燃え上がるでしょう。
攻撃は乾燥した秋に違いありません。(実際は9月)
炎と煙に追われた僧侶たちは、反対方向に向かって山を逃げ下りたことでしょう。
そこに武士たちが待ち構えて、次々に殺戮していったに違いありません。
風の音に耳を澄ませると、断末魔の叫び声が聞こえた気がしました。
全員が首をはねられたと言われています。
何故、信長はこのような残虐行為をしたのでしょう。
一向一揆がらみの宗教弾圧との説が主流ですが、ぼくは違う気がします。
比叡山の戦略的位置だと思います。
ここに兵力を集中しておけば、京都から若狭湾や北陸方面への通路を遮断できるのです。
実際に、浅井/朝倉連合軍が僧侶の協力を得て、比叡山を拠点にして織田信長を苦しめた現実があったのです。
確かに信長の気持ちは坊主憎しだったのでしょうが、戦略的要所を押さえたいとの冷静な判断が底辺にあったように思われるのです。
以上、ずっと訪問したかった比叡山延暦寺を終えます。



