初期はジョージ・クルーニーが出演していたんですね。
その中で「銃創」の治療場面が頻繁に出てきます。
アメリカの医師にとって、銃弾の傷なんて日常茶飯事でしょうね。
じゃあ、日本の医者が銃創の患者に出くわす確率は?(^ω^)
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歴史に興味を持ちはじめて、ずっと気になっていたのは、戦国時代や明治維新のときの戦で受けた傷はどうやって治療していたかです。
主なものは刀による戦傷ですよね。
縫っていたのかな?
刀傷は縫うのが基本ですよね。
麻酔していたのかな?
肉は縫えるけど、動脈の止血はどうしていたのだろう?
輸血はしなかったでしょうね。
どう?
気になりませんか?
包帯をしてなにか薬を塗ったのでしょうね。
じゃあ、どんな薬?
ひとたび戦があれば、大量の負傷者が発生し、それを治療するシステムを日本人が持っていなかったはずがないでしょ?
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明治時代にチベットを単独旅行した僧侶がいます。
河口 慧海という人です。
「チベット旅行記」を読むと、とんでもない冒険だったかが分かります。
ちょっと長いですが、面白い本ですよ。
その中で、なんと彼はダライ・ラマ(法王)の侍従医に納まってしまうのです。
もちろん、彼は僧侶であって医者ではありません。
このことは、当時の僧侶は医学の素養を身に付けていたということを示しているんじゃないですか?
そこでチョイとネットを調べてみると、戦国時代は医療担当として僧侶を同行させていたというのです。
あの毛利元就が脳卒中で倒れたときに治療して救ったのが、高名な僧侶(曲直瀬道三(まなせどうさん))だったそうです。
・・・・ってことは、日本史に於ける僧侶の役割って宗教活動だけじゃなかったってことですよね。
江戸時代には寺子屋という教育機関を担っていたでしょ?
面白いねぇ。
ねっ、興味湧いてきたでしょ?(^^)/