オール・ユー・ニード・イズ哲学 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、科学、特にITの進歩は凄まじい。

余りにもそのスピードが早く、人々は混乱に陥っているのではないでしょうか。

SNSにまつわるトラブル、IT犯罪の急増がそれを示しています。

新しい技術を使いこなせないまま、即ち、頭が科学の進歩に追い付かないまま、それらは生活の中に洪水のように浸透してきています。

科学者たちはそんなことお構いなしに、どんどん先に進んでいきます。

それは当然であり、止められないし、止めるべきものでもありません。

だけれど、この状況を放置していいのでしょうか。

今なすべきは科学の進歩に対応できる心の鍛練じゃないでしょうか?

心の鍛練?なにそれ?・・・でしょうが、言わんとするところは分かっていただけるでしょう。

要するに科学技術に翻弄されることのない、強い理性の獲得です。

理性とは、物事の道理を考える能力、道理に従って判断したり行動したりする能力を言います。

具体的にはどんな手段があるでしょう。

宗教?道徳?倫理?・・・ぼくは哲学じゃないかと思うのです。

あちゃぁ~(>_<)哲学と聞いただけでアレルギーが起きますよね。

でも、それは当然なのです。

何故なら哲学ってきちんとした定義がないんです。

調べたら、哲学(philosophy)はギリシャ語のphilosopiaが語源でその意味するところは「知を愛する学」なんですね。

実は学問といえる代物じゃないんですね。(^ω^)

哲学アレルギーはその用語の難解さばかりではなく、定義の曖昧さにもあるんですね。

では哲学が扱うテーマは何でしょう?

真理、本質、普遍性、論理、言語、知識、観念、世界、空間、時間、歴史、現象、人間一般、理性、存在、自由、因果性、正義、善、美、意識、精神、自我、他我、神・・・なんです。

これらを一見しただけで、ナァ~ンだ考えたって結論が出るわけないじゃん・・・でしょ?

ぼくの印象では哲学オタクってぇのが存在していて、彼らのお陰で余計に哲学が身近なものと感じられない一因になっていると思うんです。(-.-)

何故って、そういう輩は難しい言葉を使って自分達が上等であると勘違いして上から目線だからです。

難しいね、哲学を教えるって。

でも、真理とは、本質とは、普遍性とは、倫理とはを本気でとことん考えることは、科学独走の時代にどれほど大事かは分かってくれますよね。

その重要性に気づいたなら、自分で考えるしかないんです。

こればかりは他人に考えてもらうワケにはいかない。

実はこれが哲学の最大の障壁なんでしょうね。

(^ω^)