・・・・・・・っということで、ちょっとしたパラドックスなんだけど、「信じる」って「考える」ことを放棄しちゃった人が言うんじゃないだろうか。
信じるってことは、ある一線までは自分で考えたけれど、その先は考えられないから他人に考えてもらうってことじゃない?
例えば神を信じる。
あなたの誠意を信じる。
やって来た努力を信じる。
信じた結果は自分に良くても悪くても受け入れるってことだよね。
様々な例外はあるだろうけど、とことん自分で考えれば自分で解決できたことでも信じるで終わっていないだろうか。
極端な例で申し訳ないが、イスラム過激派がテロを実行するとき、神を称える言葉を叫ぶらしいですね。
殺人を犯すとき、自爆するとき、彼らは殺すことに、死ぬことについてとことん考えたのだろうか?
とことん考えれば、それらの行為は「悪」であるという結論に彼らは必ず到達するはずだ。
絶対悪だから、宗教に関わらず必ず到達するのである。
そこまで自分に問いかけずに神を信じるという言葉で、考えることを放棄してしまっているのではないだろうか。
テロという極端な例ではなく、普通に「信じる」という言葉を発する前に、自らに問いかけてみてはどうだろうか。