・・・・・・・っということで、価値について考えている。
前回、価格=価値ではないこと。
他人の価値観を受け売りしているのではないかということ。
自分の価値観を見直してみたらどうかということを書いた。
しかし、今回は価値とはそもそも何かを考えたいと思う。
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こうしてぼくは11年以上もブログを書き続けている。
しかし、ぼくの書く文章にお金を払おうなんていう人は誰一人いない。
書いている本人もお金になる文章だなんてこれっぽっちも考えていない。
定価の付いた本の中身のほうがずっと価値があるとぼくも思っている。
ろくに考えを深めもせずに、思いついた刹那的な考えをブログに書く人なんてロクな人間じゃないと言い放った人もいるくらいだ。
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全く同感である。
だが、ブログに価値がないとはぼくは思わない。
ぼくにとって、そのとき考えたことをブログに残すのはとても価値があると思っている。
そして、ぼくのブログを定期的に読み続けてくださる少数の皆さんとも、価値観を共有できていると信じている。
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結局のところ価値とは何かに戻る。
【価値とはその人の脳を喜ばせるものが価値】ではないだろうか。
レストランでお金も払うのも、舌を通じて、視覚を通して、嗅覚を通して脳が喜ぶからでしょ?
旅行するのは、五感を通して非日常を味わうことにより脳を喜ばせるのが目的でしょ?
読書も音楽も、目や耳を通して伝わってきた情報は全て脳に伝えられるのでしょう?
脳が喜ぶ情報は人によって様々であって、それをその人の価値観と呼ぶのでしょう。
同じものを見、同じものを聞き、同じものを体験しても誰もが等しく喜ぶものじゃない。
それを知っていながら、価格が高いほうが、皆が喜んでいるほうが価値があると思ってしまう。
そんな脳は、上等とはいえないでしょう。
非常にシンプルなことを書いているのですが、自分の脳が何を喜ぶのかを知ること、そして沢山のことを喜ぶ脳に育てることが如何に大切かが伝わっているでしょうか。
簡単に言えば、【他人に価格を決めさせるな】となるのかな。
以上、何の価値もない駄文でした。(^^ゞ
